第46話
レイヴンは正直なところ、日が暮れた後はただちに、殻の自動浮揚推進機能をフルモードにして、もちろん収容籠を伴い安全に進みつつ、自分も素粒子状態と化して休養およびダメージ修復に移りたかった。
だがそれは、動物たちをきっちりと収容籠内に保護した状況でないと実施できないプランだ。
オリュクスをオーストラレーシアの夜の野に解き放ってレイヴンだけがぐっすり休むことなどできるはずもない。
そしてオリュクス。
この『天真爛漫でやんちゃな生き物』を野に放つと、どうなるか──レイヴンは気を失いそうになった。
平和に、静かに、ゆっくりと──ぐっすりと──という要望の何ひとつ、欠片の端っこすら叶うはずもない。
オリュクスにしたって、当然そのうち疲れて籠に戻り休みたくなることだろう。その時はきっとくる。だがいつ? 彼は一体いつ疲れる?
一時間後か、三時間後か。もしかしたら夜が半分以上過ぎてからかも知れないし、さらにもしかするとそれは次の朝が到来した後かも知れない。宇宙に浮かぶ小惑星ほどの確率上でいえば、それは次の夜が到来した後かも知れない──
「レイヴン、レイヴン」オリュクスは収容籠の中をうろうろ行ったり来たりするかのごとく、レイヴンの名を呼び続ける。
「お前、絶対にすぐに戻るって約束できるのか?」
「絶対に見えなくなるところまで走って行かないって、誓える?」
コスとキオスが、本来レイヴンのするべき『基本的な言いつけ』を順次口にしてくれている。
レイヴンは自分が情けなくなった──だがだからといって、どのように対処すればすべてがうまくいくと確信できるのか。
自分はどうすればよいのか──
「ようこそようこそ」
その時、そんな風に聞こえる声がどこからか近づいて来た。
はっとして見遣ると、薄闇の景色の中から突然嘴が現れたのだ。
「うわっ」思わず声をあげたが、そう見えたのはその鳥の体の色が薄闇と似ているからなのだと後で気づいた。
「どうも、ようこそね」嘴──その鳥は言いながらレイヴンの側を飛び抜けて行った。
「あ」慌てて振り向く。
オーストラリアツバメだ。
「あの」レイヴンは咄嗟にその鳥を追った。「今晩は、すいません」
「お、ようこそ?」オーストラリアツバメはそう訊き返したかと思うと、ぐるりと暗い空中で輪を描き向きを変えて戻ってきてくれたのだ。
ああ、よかった! レイヴンは鼓動を高まらせながらほっとした。気の好さそうな鳥さんじゃないか!
「どうした、ようこそ」だがオーストラリアツバメはそう言いながら再びレイヴンの側をすいっと通り過ぎて行った。
「あ、あれ」レイヴンは慌てて振り向いた。「すいません、あの」
するとオーストラリアツバメは飛んで行った先でまたくるりと輪を描き戻って来た。「なんだ、ようこそ」と言いながら。
「あの、ぼくはレイヴンといいま」そこまで行ったところでまたオーストラリアツバメはレイヴンを過ぎ越して行った。
そして先で旋回し、また戻って来つつ「レイヴン、ようこそ」と言う。
どうして立ち止まらないんだろう──
レイヴンは一瞬そう思ったが、鳥は羽をばさりとはためかせることも、地面に下りることもせず、レイヴンを中心とした8の字を暗い空中に描き続けた。
「どうした、ようこそ」「なんか用か、ようこそ」
と、気の好さそうな言葉を言いながら。