バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第9話 司法局実働部隊運航部の変な髪の色のねーちゃん達

 隊長室の横の階段を駆け下りると、そこにはまるで学校のそれを思わせる扉があった。

 扉の上には『運航部』の札が見える。

「ここか……『運航部』……例の運用艦とやらを運行する……ブリッジクルーとかが居るのかな?」

 誠は階段を降り切って廊下をまっすぐに進んで1つの扉にたどり着いた。

 先ほど嵯峨が言った通り、隊長室の真下にある大きな部屋だった。

 誠はそのまま扉を開けた。

「失礼しっます!うご!……痛い……」

 頭に衝撃を受けて誠はしゃがみこんだ。

 金属音が部屋中に響き、うずくまる誠の隣で金ダライが跳ねる音が響いていた。

『司法局実働部隊運航部にようこそ!』

 女性達の嬉しそうな声が誠の耳に響いた。

「なにを……タライが落ちてきたような気がするんですけど」

 誠はよろよろと立ち上がった。

 戸惑う誠に向けてクラッカーが鳴らされて、制服を着た女子隊員達が鳴り物を叩いて誠を歓迎していた。

 彼女達の髪の色が自然にはあり得ない色をしているのを見て嵯峨の言った『変な髪の色した姉ちゃん達』が彼女達を指すということが誠にも分かった。

「神前君!司法局実働部隊にようこそ!」

 中のピンクの髪の女性士官が手を差し伸べてきた。

「はぁ……」

 あまりの出来事に混乱気味の誠は彼女に手を取られて部屋に通された。

 普通のオフィスのような部屋の中には見慣れない髪の色の女子隊員が誠を見つめていた。

 全員が違う色と言うことはどうも染めたものでは無いらしい。誠はそう思うと部屋の奥を覗いた。

「神前君!こっち!」

 奥の大きめの机には紺色の長い髪の女性士官が手を振っているのが見えた。

「ごめんね……私もさすがに今回はやめようって言ったんだけどね。ごめんね」

 誠が振り向くとそこには苦笑いを浮かべた水色のショートカットの女性士官が手を合わせながら誠を見守っていた。

「やっちゃったものは仕方がないじゃない。それにあまりリアクションも面白くなかったしね」

 奥のデスクに座った紺色の長い髪の女性が立ち上がって誠に右手を差し出してきた。

 その整った面差しの中の目が明らかに『糸目』なことを気にしながら誠は利き手でない右手を差し出して握手をした。

「私の名はアメリア・クラウゼよ。階級は少佐。ここ『運航部』の部長ってことになってるわ。まあ、うちは運用艦『ふさ』のブリッジクルーで構成された組織なわけ」

「運用艦……例のアレですか?」

 誠はアメリアの言葉を理解できずに復唱した。

「ランちゃんから聞いてたんだ……。実働部隊(うち)の活動範囲は遼州星系全体だから。当然、移動には|艦《ふね》が必要になる可能性が高いわね。出動の度に一々宇宙軍から空いてる艦を借りるの面倒くさいじゃないの」

 握手をしながらアメリアは細い目をさらに細めて誠を見つめた。

「そうですか……艦長さんですか……」

 誠はそう言いながら握手を続けるアメリアの顔を見つめた。

「そう、艦長さん。……オバサンって言ったら殺すから」

 ここでようやく気が済んだというようにアメリアは手を放した。

 誠は結構強く握られてうっ血した右手をさすりながらアメリアの席の隣に置かれたパイプ椅子へ腰かけた。

「実は補充のパイロットは神前君で六人目なのよね」

「六人目?」

 誠はアメリアの言葉が理解できずに聞き直した。

「そう。これまで五人、機動部隊第一小隊三番機担当ってことで配属になったんだけど……」

 急にしおらしくなったアメリアの言葉で機動部隊詰め所で受けた仕打ちの理由を少しばかり理解した。

「みんな辞めたんですか?」

 誠は浮かない顔をしてアメリアに聞き返した。

「まあね。うちとは水が合わないってね。まあそんなもんじゃない、仕事なんて」

 あっさりとアメリアはそう言いながら大きな部長の執務机に取り付けられた大型モニターの操作を再開した。

「組織ってのは『生態系』だってのがうちの隊長の持論でね。私もなるほどなあとは思ってるんだけどね」

「生態系?」

 誠はモニターに目をやるアメリアを眺めつつ、嵯峨に持論なんてあるのかと首をひねっていた。

「そう。一人ひとりが関係しあってこそ存在することが許される微妙なバランスの上にある存在。そんな感じかしら?上位者も下位者も一人として欠けたら崩れてしまうような(もろ)い存在……」

 アメリアはそう言うとキーボードを打つ手を止めて誠を見つめた。

「でも、一人ひとりがばらばらに戦うよりははるかに強い存在になる。それが組織」

 強い口調でそう言うアメリアに誠は静かにうなずくことで応じた。

「組織……」

 誠の言葉の繰り返しにアメリアは静かにほほ笑みを返した。

 男性としても大柄な誠と引けをとらない長身のアメリアは、糸目をさらに細めながら誠を見つめていた。

「まあ、真面目な話はこれくらいにして……誠ちゃんが昨日の今頃何してたか、当ててあげましょうか」

「誠ちゃんって……」

 確かにアメリアの方が年上のように見えるが、さすがに『ちゃん』付けされるのは少々気に入らなかった。

「昨日、誠ちゃんは実家の剣道場をふらりと出かけて近くのおもちゃ屋で戦車のプラモを買いました」

「へ?」

 アメリアの唐突な言葉に誠は驚愕した。

「確かに……今ぐらいの時間に出かけたのは事実ですけど……」

 誠が昨日の昼前に出かけてプラモ屋に寄って戦車のプラモを買ったのは事実だった。

 青ざめる誠をしり目にアメリアは話を続けた。

「その後近くのショッピングモールに行って、そこのイートインで『信州みそラーメン』を食べたのよね」

「確かに……見てたんですか?隠れて」

 突然、新入隊員に金ダライを落とすような連中である。

 そのくらいのネタの仕込みはやるだろうと思いながらアメリアを見つめた。

「いいえ、そんな非効率的なことはしないわよ。それに、この十五年でその店に入ったのが355回、そのショッピングモールに行くのが134回なんて情報は足で情報を稼ぐタイプのスパイなんかにはわからないわよね……しかも誠ちゃんは童貞。私みたいな女としてはその童貞を奪いたくなるのよね……」

 アメリアの言葉に誠は少し混乱した。

 特に『童貞を奪う』と言われてしまっては目の前の女性に抗することは誠には出来なかった。

「なんです?それ?僕だってあの店に何回行ったかなんて覚えてないですよ!」

 思わず誠は立ち上がっていた。

「ちょっとこれ見て」

 アメリアはそう言うと大きなモニターを誠から見える位置に持ってきた。

 そこにはファストフード店の店内の様子が映っていた。

 その正面ではブレザーを着た男女が談笑していた。

 その制服が明らかに誠の出身の高校のもので、そこに映る長身の高校生が誠自身であることは誠にも分かった。

「なんで……高校時代の僕ですよ!これ!」

 叫び声をあげる誠にアメリアは満足げにうなずいてみせる。

「この彼女とは結局デート1回で見事に振られた……これまで彼女らしいのはこの子一人で誠ちゃんが23歳にして立派な童貞だったことも知ってる訳よ、私は」

 ニヤニヤ笑うアメリアを誠は困惑した顔で見つめていた。

「なんでそんなこと……もしかしたらあのことも……」

 誠はトラウマになるいくつかの出来事を回想した。

「そうね、誠ちゃんが剣道を辞めて野球を始めた本当の理由も私は知ってる。確かにあんなことが出来るだなんて人には言えないわよね……言っても信じてもらえないでしょうし。竹刀で大木が真っ2つに出来るだなんて」

 アメリアの何気ない言葉が誠の心に刺さった。

『それだけは父さんからも母さんからも絶対に人に言ってはいけないことだって言われてきたことなのに……人に言ったらこの国が大変なことになるからって言われてたことなのに……なんでそんなことを知ってるんだ?このおばさんは』

 誠が思っていたトラウマとは別の話が出てきたが、確かにそんなことも有ったのは事実なので嘘はつきたくない誠はなんとか笑いでごまかそうとした。

「ふーん。そこは笑って誤魔化すんだ。まあいいわ、どうせお母さんから口止めされてるんでしょ?じゃあ私も忘れてあげる。それよりこれまでの五人と誠ちゃんの一番の違いはね。誠ちゃんについてはこんな情報を集めている組織があるわけよ。そこが他の五人とは決定的に違う」

 アメリアは落ち着いた様子でうろたえる誠を眺めていた。

「そんな……いつからこんな情報が?」

 誠に聞かれるとアメリアはキーボードをたたいて画面を操作した。

 すぐに画面がファイルデータの名前が並んでいる画面に変わる。

「一番古いファイルは2660年の8月」

「それ、僕が生まれた時ですよ」

 誠は驚愕した。

 まさか、こんなプライベートな情報まで調べ上げられているなんて……。

 自分の人生はどこまで監視されていたのか、考えただけで寒気がした。誠は生誕とともに誰かから監視される生活を送ってきたとそのデータは語っていた。

 聞くだけ無駄かもしれないと思いながら誠はアメリアの目を見つめた。

「何のためです?僕は普通の遼州人ですよ……そして誰がこんなデータを集めてるんですか?」

 誠の言葉は予想がついていたようで、アメリアは驚くこともなく誠の顔を眺めていた。

「知りたい?」

「そりゃあ……そうですよ」

 いかにもふざけた調子のアメリアを見上げながら、誠は静かにうなずいた。

「じゃあ、うちに残りなさい。そうすればうちの職権で誰がこんなことをしているのか調べることもできるわ」

 アメリアのはっきりとした言葉に誠は静かにうなずいた。

「自分で調べるんですか?アメリアさんの端末の情報がどこから来たくらい教えてくれても……」

「この情報は正規の部長のみに配布されるファイルに記されていたわ。その情報の出どころは隊長。隊長は元々諜報系の士官だからニュースソースは絶対に|秘匿《ひとく》するわよ。自分の運命は自分で切り開かないと」

 始終、明るい調子でアメリアはそう言った。

「少し……考えさせてください」

 アメリアに聞くだけ無駄だとわかった誠はうなだれたまま雑談に明け暮れる室内の女子達に目をやった。

「まあね、こんな時でも自分で自分の運命を決める時間くらいあげろって隊長なら言うでしょうね。そうだ!次のあいさつ先を教えないとね。隣の建物が『技術部』の倉庫兼作業場だから。そこに技術部長代理で整備班長の島田君ってのがいるの。彼に挨拶してきなさい。あそこはここでは一番の大所帯なんだから優先して挨拶しておかないと後が怖いわよ」

 相変わらず能天気な笑みを浮かべながらアメリアはそう言い放った。

「島田さんですか?後が怖いって……そんなに怖い人なんですか?」

「島田君はそんなに怖い人じゃないわよ。ちょっと頭が悪くて暗算じゃ割り算が出来ない気のいいアンちゃんよ」

 誠はアメリアの言葉を聞くと、肩を落としつつ静かに椅子から立ち上がった。


しおり