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第8話 『駄目人間』の語る『特殊な部隊』の真の目的

「やっぱ、あいつ大丈夫かね?アイツの『才能』ってことに食いつかなかったけど……まあうちは『ツッコミ』がいないからな……ボケが飽和して困ってるから呼んだなんてボケをかましてやっても良かったんだが……さすがに『ツッコミ』要員としてこんなところまで引っ張り込まれて人生潰されたなんて言ったらいくらアイツでも怒るだろうな」

 嵯峨はそれとなくランにつぶやいた。

 そして苦笑いを浮かべ静かに手元にあった煙草の箱に手を伸ばした。
 
「まーあんなもんだろ、最近の若いのなんて。アタシも教導隊の教導官をやってた時は教える教え子はもっとひどかったぞ。要は親御さんの|躾《しつけ》の問題だな。その点ではアイツは合格点だ。まあそんでも何か馬鹿をやったらそん時は考えねーとな……『泣いて馬謖(ばしょく)を斬る』って言葉もあるくれーだ。アイツが思い込みで突っ走ったら斬ればいい。部屋にはアタシの愛刀『関の孫六』がある。久しぶりに使うのも悪かねー」

 ランは余裕のある笑みを嵯峨に返した。

 そのランの瞳にはかつての『殺戮者』としての狂気の色が混じっていた。

「でもさあ……『泣いて馬謖を斬る』って本当に斬ることないじゃないと思うよ。あれは三国志時代の例えなんだって。今は27世紀。遥か未来の世界だ。そんな非民主主義的な発言するとまだ均田制をやってる遼帝国に連れてっちゃうよ」

 そう言いながら嵯峨は扇子で顔をあおぎながらほほ笑んだ。

「そんなぬるい世の中だから戦争ばっかなんだよ。失敗したらちゃんと責任を取るような理想的な世の中をアタシは実現したいんだ……アイツが少しでも下らねーことで失敗したらアタシもそいつの上司として喜んで『自害』でもなんでもするつもりだ……いい上司だろ?部下に『切腹』させたら、ちゃんとそいつの首を斬り落とした後、辞世の句を詠んで『自刃』する上司……なかなかいねーぞ」

 冗談なのか何なのかよくわからないギャグをランが口にした。

「そりゃまあな。地球人は普通は『切腹』したら死ぬから。簡単には死なない俺達がそんなこと言っても地球人の皆さんは理解できないだろうがな。まあ、遼州ジョークはそれくらいにしてと……」

 嵯峨はランの物騒な思想に苦笑いを浮かべた。

「別に俺は、俺やランのように、神前に人を斬らせたいわけじゃない。まあ、お前さんが本当に腹を切らせない程度にいびるのは職権でみとめるけど、アイツには『人殺し』を職業にしてほしくないんだよ。俺やお前さんみたいな『人殺し』にはなって欲しくない。俺はここを『人殺し養成所』にはしたくないんだわ。そこんところだけは覚えといてね」

 嵯峨はそう言うと咥えたタバコをゆっくりと吹かした。

「軍人は人を殺すのが仕事だ。アイツも入ったのは『東和宇宙軍』だかんな。そのくらいの覚悟はしてんだろ?軍人は人を殺してなんぼだ。確かに東和国軍はこの四百年の間それをしてこなかったが、それは例外だ。そんな事がこの冷たい国際環境の中で通用すると思ってる方がどうかしてる」

 ランは感情を殺したような表情でそう言い切った。

「軍人って言っても地球人のそれと、俺達、遼州人のそれは意味が違うって……まあまだ誰もそこには言及しようとしてはいないけどね。まああの坊やが『力』に覚醒すればどこの政府もそこに言及せざるを得なくなるさ……まあ俺はそうなることを望んでるんだけどね。黙り込むよりは嘘をつく方がよっぽど精神の健康には良いことだ」

 思わせぶりにそう言った嵯峨の口元には不気味な笑みが浮かんでいた。

「そーだな。今のところはどこも遼州人が本当は何者なのかを語っちゃねーな。みんな知ってて黙ってる。胸糞わりーことこの上ねーや」

 ランも口にはしないが何かを知った感じで嵯峨の言葉に答えた。

「神前についてはね、本来この宇宙で生まれた存在では無い遼州人としては避けて通れない『力』の使い道を教えてくれ……そうアイツのお袋さんに頼まれた。だから、俺の手の届くところで導くだけなんだ。他に他意は無いんだ。アイツが与えられた運命に耐えられるようにだけ心を鍛えてやってくれ、ってのがアイツのお袋さんのご希望だ。それ以上の事は望んじゃいないよ」

 嵯峨はそう言うとくるりと椅子を戻してランの正面を向いた。

「いーのかい?地球人の『力』とは違って、アタシ達遼州人の『力』は……『殺戮者』の『力』にもなる。遼州への大揚陸作戦をその艦隊ごと一本の剣を振るうだけで上空に待機する数千の揚陸艦隊を全滅させたほどの力なんだ。神前にもその『力』は眠ってんだ。奴にアタシの『不殺不傷』を教えんのは……難しーぞ。神前はまだ弱っちーからな。それに心を鍛えるにしちゃずいぶんな入れ込みようじゃねえか、隊長も。アイツには本当にそんなに力は有るのか?聞いちゃあいるがアタシは今ひとつ信じられねえ」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるランに嵯峨は頭を下げ、空いた左手で祈るような仕草をした。

「話は変わるが、お前さんの『不殺不傷』というご立派な信条。神前が一人前になるまで……中断ということにしてくれねえかな」

 頭を下げた嵯峨はそういうと静かにランを見つめた。

 ランは先の大戦やそれに続く『遼南内戦』での一方的な虐殺行為を強制されたことを思い出し苦笑いを浮かべた。

 何も好き好んで無抵抗の市民や捕虜を虐殺したわけでは無い。

 その時はそれが正しいと思い込んでいた。

 だがそれは正しい事では無かった。

 その時ランが行った大量虐殺の事実は消しようが無かった。

 ランが大量虐殺の容疑で母国で指名手配されていることで母国を離れ亡命先を探した際、東和共和国を選んだ理由も『不戦中立』を国是としていたところにあった。

 彼女は東和陸軍に入る時の条件も『戦闘には参加しない』と言う軍人としては奇妙に見える一文がその契約書に含まれていたのを思い出した。

 そんなランに嵯峨はあざ笑うような下品な笑顔で見つめながら頭を下げた。

「俺の得意の『土下座外交』って奴だよ。頼むわ。人間、生きてりゃなんとかなるもんだ。すべての人間は『生きなおせる』ってのが俺のポリシーだ。お前さんには『英雄』を作れとはいわねえよ。アイツなりに成長してくれればそれでいい、駄目ならやり直す。それが人生さ。アイツもここで経験を積んで、それが役に立たないと分かればここをいつでも出て行けばいい。俺に言えることはそれだけだ」

 嵯峨の言葉にランは子供のような顔に戻り、ニヤニヤ笑いながら嵯峨を見つめた。

「『不殺不傷』を置いておいてくれってことは……軍関係の『英雄』を自称する『修羅』は斬っていーってことだな?どうせ『修羅』だ、人間様には成り切れねえ非道な連中だ。人様に迷惑をかけるくらいならアタシの手で始末しろ……そーいーてー訳だな?」

 そう言うとランは黙って嵯峨をにらみつけた。

「いーぜ。死んでご立派な『護国の神』にでもなりゃあいい。それがアタシ等の仕事だ。『英雄』は自分の引き起こした『悲劇』の責任を感じて『切腹』でもしてろってところかな。『英雄』とか『エース』とか言うモノの最期なんてみんなそんなもんだろ?本人もそれを望んでるんだからより強い奴が生き残れば良い。それが『英雄』とか『エース』なんかを志願する連中の理屈さ。アタシは力を持ってこの世界に存在し、その力を利用する独裁者の道具として利用されてきた……その過程でこの手で50万人の人を直接この手で殺してきた。その人殺しの手を止めてくれたお前さんの言うことだ。信じるのも当然の事だろ?」

 ランはそう言って冷めたお茶を飲んだ。

 嵯峨はランの言葉を聞くと下世話な雑誌の下から一枚の男の写真を取り出した。

 そして手に持ちランから見えるように、長髪の美丈夫の顔写真をつまみ上げた。

「こいつが復活したおかげで……神前には迷惑をかけそうだ……こいつさえいなければ神前の野郎には平和に暮らしてもらえたのに」

 その写真の男を見る嵯峨の目つきはこれまでの眠そうなそれとは明らかに異なっていた。

 敵意と憎悪に満ちた鋭い眼光がそこにはあった。

「この男は俺達とは『力』に対する認識が違うんだ。この男は『力』は神から与えられた『権利』だと思ってる。そうじゃなくてそれは『責任』だという気持ちがあれば……みんな平和になるのに……」

 ランの目が殺気を帯びた。

「わかってる。こいつ、『廃帝ハド』はあの鎖国しても国内に問題の何にも起きない金の国『遼帝国』の人口を半分に減らした遼州人にとっても脅威をもたらす存在なんだ。あの男が実権を持つ世界が実現すれば力を持つ遼州人はまだしも、力を持たない地球人はそれこそ絶滅の危機に瀕する。そんな『廃帝ハド』は同じ力を持つアタシ達『遼州人』が倒す。こいつにはアタシ等、『力』を持つものじゃなきゃ対抗できねーからな。無力な地球人にはどーすることもできねー話だが、アタシ達となると話は違ってくる」

 かわいらしい少女の顔に不敵な笑みが浮かんだ。

「そうだ、俺達の『廃帝誅滅』の邪魔な奴は殺して神の世界に返してやんな。『永遠に続く1984年』に住んでる『ビッグブラザー』の信者は殺して地獄に落とせ。俺達『遼州人』の『特殊な部隊』の本当の目的がそれだ」

 嵯峨の自分への視線に気づいたランは、静かに頷いた。

「あの絶対地球人の常識ではあり得ない『遼州独立戦争』で歴史の闇に望んで消えていった『力』に目覚めた英雄達と同じ『法術師』の中でも最も強力な『力』を持つものの1つ『(つるぎ)の戦士』には神前の『力』がぴったりなんだ。その為のおぜん立ては全部出来てるんだ。そのために『力』に目覚めれば……そんときゃ、俺達と同じ『法術師』だ。そうなったらあいつは逃げたくても逃げられなくなる……『力』を持った責任があるからな」

 嵯峨は静かに焼酎の入ったグラスをあおった。

「アタシ等と同じ『法術師』……」

 ランの目が少し悲しみに染まった。

 そして一言つぶやいた。

「そうなりゃ、神前と俺達『特殊な部隊』の出会いは『悲しい出会い』になるな。『素敵な出会い』を求めて……人はいつも……道を誤る」

 嵯峨は目の前のいかがわしい雑誌の山を無視して語り続ける。

「俺は『力』なんて欲しくなかった。だが、その存在を知った以上責任がある。そのために俺はあれだけの非道をしながらも『生かされている』……と思う」

 嵯峨のあきらめに似たような響きの言葉が響く。ランは覚悟を決めたように静かに嵯峨に背を向けて隊長室を後にした。

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