第45話
レイヴンは、赤く乾いた土地の上を引き続き浮揚推進しながら、差し向きエミューから得た助言に沿ってディンゴなる動物を探してみようと考えていた。
アカギツネ同様ディンゴもイヌ科ではあるが、エミューの言っていたことをひとまず確認しておこうという気持ちになっていた。
すなわち、ディンゴはアカギツネを毛嫌いしているのか。
アカギツネから害を及ぼされそうになった時、ディンゴは助けになってくれるのか。
そんなところだ。
しかし日が沈むまで飛び続けるも、ディンゴらしき動物の陰すら見つけることはなかった。
出遭えたのは、とげだらけで地層のように複雑な色彩の体を持つモロクトカゲだったが、その生き物は獲物であるアリを、その行列から一匹ずつなめ取って捕食することに集中しており、レイヴンの挨拶にも呼びかけにも一切応じなかった。
レイヴンが諦めて立ち去ろうとした時、今度はそのモロクトカゲを捕食しようとハイイロハヤブサが突撃してきた。モロクトカゲはさすがにアリ喰いを中断し、頭の後ろ側についている脂肪のこぶを突き立てて身を護ろうと構えた。
レイヴンはその攻防戦の決着を見ることなく、そそくさとその場を離れた。
やがて日が沈むと、夜行性の小動物たちがぱらぱらと地上に姿を見せ始めた。
最初に出遭ったのは大きな耳を持つ有袋類のミミナガバンディクートだった。レイヴンを見ると、はっと驚いたように身をすくませたが、
「あ、どうも、今晩は」
とレイヴンが挨拶すると少しだけ緊張を解き「君は、双葉じゃない方?」と訊ねてきた。
「はい、ぼくはレイヴンです」レイヴンはうなずき答えた。
「そうか。よかった」ミミナガバンディクートはほっとしたように、大きな耳を震わせた。「こないだ、仲間が……さらわれたんだ」
「えっ」今度はレイヴンの方が緊張した。「さらわれた、ギル──タイム・クルセイダーズに?」声のトーンを落として訊く。
「うん」ミミナガバンディクートは悲しげにうつむいた。「ひどいことするよな……助けられなかったよ」耳を震わせる。
「それは」レイヴンは何と言えばよいのかを必死で考えた。「辛いね……本当にひどい」
「そうさ」ミミナガバンディクートは顔を振り上げてレイヴンを見た。「おれたちただでさえ、アカギツネとかにも狙われているってのに」
「あ」レイヴンは言葉を詰まらせた。
「そうだよ」ミミナガバンディクートは再びうつむいた。「ネコとかにも」
「そうか……そういえば、ディンゴたちはこの辺りに来るかな?」レイヴンは訊ねた。
「ディンゴ? ああ、たまに見かけるよ」ミミナガバンディクートはまたレイヴンを見上げた。「あいつらも、油断はできないけど……でもアカギツネをすごい敵視してるから、ちょっと助かってる」
「あ、やっぱりそうなんだね」レイヴンは少しばかり気持ちが沸きたつのを感じた。「実はそのディンゴを探しているところなんだ。なぜ彼等はアカギツネを毛嫌いしているのか、知っている?」
「うーん」ミミナガバンディクートは小首を傾げた。「おれはわかんないな。でもそういう噂話なら、鳥たちに聞くといいよ。セキセイインコたちとか」
「──う」レイヴンは再び言葉に詰まった。セキセイインコに、聞く──ことは、果たして可能なのだろうか──
「それか、ツバメたちとか」レイヴンの困惑に気づいたのかどうか、ミミナガバンディクートはそう続けた。「鳥たちって情報通だもんね」
「ツバメ……ああ、そうだね。そうしてみるよ」レイヴンは別の鳥の名が出されたことに少しほっとした。「ありがとう」
「うん、じゃあおれは、今からシロアリを食い尽くすから」ミミナガバンディクートは大きな耳を別れの挨拶のようにぱたっと振った。「じゃあね」
「あ──」レイヴンはまたしても言葉に詰まったが「ああ、さよなら」となんとか挨拶を交わして立ち去った。
シロアリ、か──
レイヴンの心の中に恩人の一種族として記憶されている、それは生物名だった。
しかしそういえばそのシロアリが自分と対峙した時も、その身を『食らわせる』つもりで姿を現したのだ。
喰われる生き物も、また喰っている。
当たり前としかいえない事実に、レイヴンは改めて強く圧迫される思いがした。
「レイヴン」オリュクスが収容籠の中から呼ぶ。「夜になったよ」
「ん」レイヴンはぼんやりと浮揚推進しながらぼんやりと答えた。「うん。夜」
「外に出してよ」オリュクスは、なぜそうしないのかといわんばかりに、当然の要求としてそれを要求してきた。