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序 僕達の星は地球人に征服されました

『あの日、僕たちの世界は終わった』

『地球人と名乗る宇宙人が、突然やってきた』

『鉄すら作れなかった僕たちは、彼らの武力の前に膝をついた』

『でも、僕は知っている。遼州の歴史を。』

『僕たちがどんなふうに支配され、どうやって戦ったのか……』

『地球人の狙いは、僕達の星に眠る、地球では考えられないような規模の金鉱山だった。そして彼等は僕達遼州人を奴隷として使うつもりだった』

『奴隷になることを拒み、戦った。だが、石斧と青銅の槍では、最新鋭の兵器を持つ地球人に勝てるはずがなかった』

『それなのに、僕たちは勝った。なぜなのか……?』

『一月前の僕には、答えはわからなかった。でも今は、はっきりとわかる』

『僕自身が"力"に目覚めてしまった今となっては……』




 21世紀末に『相対性理論』の矛盾が指摘されてから長い年月が経とうとしていた。地球人類の移動速度は新たに開発された移動手段『亜空間跳躍』により光速の壁を越え、その活動圏は広く外宇宙へと広がっていった。

 異星系への移民。そんな夢のような話は相対性理論の崩壊と光の速度を超えた移動手段『亜空間跳躍』の獲得と同時に地球人類に強制的に訪れることになった。

 21世紀は『絶望の世紀』と呼ばれた。民主主義が自壊し、極東核戦争が2度勃発。さらに、ヨーロッパ、中東、南アフリカでも核戦争が起こった。結果、50億もの命が失われ、多くの国が地図から消えた。

 民主主義の自壊は、戦争による混乱の中で進行した。人々は強力なリーダーを求め、次々と独裁政権が生まれた。結果として、国家は軍事力を優先し、市民の自由を切り捨てていった。
 
 その世紀はアメリカを中心とした強国だけが生き残る弱肉強食の時代だった。

 度重なる戦術核の使用で大地は傷つき戦場となった地域は長い間放射能で汚染された。残留放射能により居住不可能な地域が広がり、人々はそんな居住権の狭まった地球に絶望していた。

 指導者の暴走による戦争の百年は、有権者の意識を完全に変えてしまった。社会構造の変化し、戦争で甘い汁を吸う一部の超富裕層のためだけに存在していた資本主義は破綻し、経済は国家の管理下に置かれた。

 そんな地球人達の『国家』は国家の奴隷と化した庶民の不満を解消するために、新たな移動技術『亜空間跳躍』を駆使した異星系への移民に希望を持たせることでぎりぎりの生存を維持している国民に夢を与えることを考えた。

 そんな地球人たちが初めて植民に成功した惑星で、彼らは地球外知的生命体と初めて遭遇した。

 その地球外知的生命体の住む星はまさに夢の世界、『|黄金の星《じぱんぐ》』と呼ばれることになった。

 自らを『リャオ』と名乗る遅れた文明を持った人々の住む遼大陸には、地球では考えられない規模の良質な金鉱山をはじめとする想像を絶する量の資源が眠っていた。

 そこはまさに『大航海時代』にヨーロッパ文明が目指した『ジパング』そのものだった。

 地球で支配階級にすべての自由と権利を奪われ、『宇宙開拓』の美名の下派遣された『棄民』達は、地球の東アジア人にしか見えない異星知的生命体を見下しながらも、彼等を奴隷として利用してこれらの豊かな資源を採掘することを開始した。

 貧困と無知に慣らされてきた地球圏から移住を強制された『棄民』達は、優越感を持って遼州の大地に次々と降り立った。『棄民』達は豊かな金鉱山を多く抱えるこの惑星を、地球での差別のうっ憤を晴らすかのように原住民『リャオ』を奴隷化して酷使し、飽きれば楽しみの為に殺害してその征服欲を満足させた。

 その惑星の金やレアメタルの含有量は驚異的で、それは南米を征服したスペイン人が王朝を滅ぼし、財宝を奪った歴史を思わせた。

 地球の支配者達は、資源価値の下落に不満を抱きつつも、奴隷化した『リャオ』を使い、莫大な利益を得ていた。成功者として地球圏に帰還する『棄民』たちを見て、宇宙開拓の成功を誇るばかりだった。

 誰一人として奴隷化され殺されて行く『リャオ』に同情する地球人の指導者は現れなかった。今も昔も変わらずそれが政治家と言う職業人の性質と言うものだった。

 地球の支配者階層は、石斧と鑓しか持たない奴隷とされた『リャオ』達も、新惑星に流れて一獲千金を夢見る『棄民』達の行動も制御可能だとして、地球にとどまり続けていた。

 21世紀の戦争を生き延びた地球の国家群は、新たな恐怖に囚われていた。

 「もし地球より進んだ異星文明がいたら?」
 
 彼らは、かつて自分たちが行ったように、より強大な文明が地球を征服しに来る可能性を考えた。

 宇宙で地球圏は支配権を確立し、地球圏外に『排出』された人々は地球圏の支配に喘ぎながら空を見上げ、自らの稼ぎを吸い上げていく地球圏を恨みながらため息をこぼすだけだった。

 地球外に植民した人々は地球圏内部での権益争いの影響を受けながら独自の生活様式を作り上げていった。

 中でも、その『ゴールドラッシュ』の中心地である『遼州星系』は、開拓開始後十年も経つと、独自の動きを見せ始めた。

 『ゴールドラッシュ』に浮かれて流れて来た『棄民』達に対し、遼州星系の奴隷化された『リャオ』は『棄民』達に反旗を翻し、徹底したゲリラ戦で彼等に対抗することを開始したのだ。

 
挿絵


 ブービートラップ、スパイによる武器や艦船の強奪、人海戦術を駆使した断続的襲撃など、はじめは最新鋭の兵器で武装した『棄民』達は弓と石斧しか持たない原住民に対して優位を誇っていたが、『ゲリラ戦の天才』であった遼州の原住民達の抵抗は地球人の理解を超えた展開を見せた。原住民達は貧弱な小火器しか持たないのにもかかわらず、最新鋭の現代兵器で武装した地球圏から派遣された精鋭部隊相手に互角の戦いを続けた。

 この状況を見て地球に住み生まれながらに特権を享受するエリート達に不満を抱く『棄民』の一部は、原住民側に裏切り、戦いは一方的な虐殺から独立戦争へとその局面を変えつつあった。

 そんな中、遼州圏の地球圏の軍隊を統括する『地球宇宙軍提督』田安高家中将はこの状況を憂うる数少ない地球人の一人だった。

 地球圏で住むところを追われた『棄民』達をここ遼州系に招き入れ、この無謀にも見える『リャオ』の抵抗運動に同調して地球圏を裏切り、遼州圏の地球からの独立を宣言した。

 徳川家の血を引く田安は太陽系の金星に当たる星である遼州圏第二惑星『甲武』で21世紀の2度にわたる極東核戦争で滅亡した日本国からの移民を受け入れた。彼は自分の理想とする日本の江戸以前の体制を復活させた『甲武国』を建国し、地球圏の悪影響免れるため国交を断絶した。

 他にもドイツ系とフランス系の住民が居住する第四惑星で太陽系の火星に当たる『ゲルパルト』は国家社会主義体制を国是とする『ゲルパルト帝国』を建国した。

 第五惑星以遠の惑星を支配する地球を追放同然に追い出された共産主義者のロシア系の地球人達は『外惑星社会主義共和国連邦』を建国し、社会主義体制の国家を再興した。

 遼大陸の北部ではアメリカとロシア、そしてインドに分割された中国からの移民が共産主義国家『遼北人民共和国』を建国した。

 同じく、遼大陸の西の砂漠の油田地帯には地球で人口が増えすぎたイスラム教国からの移民達が、イスラム教を国教とする『西モスレム首長国連邦』を建国した。

 これら地球人の国に同調してこの星の原住民である『リャオ』は遼大陸南部を支配する『遼帝国』を建国した。

 これとは別にこれまでの独立戦争の戦火から免れていた東の火山列島には『東和共和国』が『リャオ』の国として成立していた。彼等『リャオ』は言語を奪われていたので自らを遼州圏の公用語である日本語表記で『遼州人』と名乗るようになった。

 遼州の元地球人による復古主義国家と遼州人の支配する2つの国の成立により地球圏の遼州圏支配は終わりを告げた。地球圏に対し嫌悪の感情しか持たない遼州圏の国々は次々と地球圏との国交を断絶し、地球との交わりを絶った。

 唯一、最も外側の太陽系の冥王星に当たる北欧からの移民が建国したラップ共和国だけは地球圏との国交を保ち、遼州圏の国々の中では唯一地球圏と国交を持つ国として独自の姿勢を持つようになった。

 こうして遼州圏は地球圏からの距離をとるようになっていった。

 独立した遼州圏だが、遼州に移住した元地球人達は戦いを|止《や》めることをしなかった。

 『ゲルパルト第四帝国』と『外惑星社会主義共和国連邦』は、ファシズムと共産主義と言う相容れないイデオロギーをめぐり、第三惑星遼州で独立した大陸国家での勢力争いを始めた。

 そこに復古主義を国是とする『甲武国』が反共産主義を掲げてゲルパルトに味方して介入し、戦乱の火の手は瞬く間に燃え広がった。

 その結果、永世中立を国是とする遼州大陸東に位置する『東和共和国』と鎖国をしていた遼州の精神的支柱である遼州人の国家『遼帝国』を除くすべての国が参加する『第一次遼州戦争』が勃発した。

 『反ナチズム』の立場の地球圏からの支援を『外惑星社会主義共和国連邦』に届ける役割を果たしていたラップ共和国の仲介もあって5年後にこの戦いが終わった時にはすでに5億人の命が奪われていた。

 遼州人の国である東和共和国は遼州圏に移住した元地球人が戦争を好むことに嫌気を指し、その原因を『科学文明』にあると考えた。

 鎖国をし、青銅器文明のまま時が停まっている遼帝国はいざ知らず、多少の文明を持っている東和共和国は国内のデジタル化を停止することで戦争の恐怖から逃げ出そうとした。

 東和の技術は超高速アナログ通信や旧時代のメディアであるCDやレーザーディスクが我が物顔で店頭に並び、役所では書類と印鑑が現役のアナログな世界へと回帰していった。

 遼帝国が内部崩壊から鎖国を解禁した後も、東和共和国の時はまるで止まったようにそこにはアナログな世界が広がっていた。遼州圏の元地球人の国々も表立っては大規模な武力衝突を避け、それぞれに緊張を孕みつつ。介入を狙う地球圏との非公式の関係を保ちながら時は流れた。

 そうして400年の時が流れた。

 人はこの世界がいつまでも続くかと信じ込んでいた。しかし、再び『甲武』と『ゲルパルト』の枢軸同盟と『外惑星』を中心とする連合国、そして地球圏の影が迫っていた。

 そして今、新たな戦乱の足音が、静かに世界を包み始めていた——。



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