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決行のタイミングは、人々の注目が一気に集まることを利用する。
式典のあともアレス伯爵は活発的に動いていて、アンドレアとユーニの噂は庶民の間でも飛び交った。
翌週、アレス伯爵は努力が実ったのか二人の外出予定を確保した。
あくまで魔法数第一位と第二位の交流で、と王家は誤解を招かないよう発表したのだが、エステルとは一度もなかった外の散歩だ。
伯爵令嬢と王太子が町をデートするらしいという噂が、屋敷の前でも聞こえてくるくらいにされていた。
おかげで、その日時を知るのはとてもたやすかった。
(さようなら、私の殿下。どうか伯爵令嬢とお幸せに)
アンドレアが彼女に夢中になっている間に、と決め、町中での堂々のデートの日に作戦が結構された。
「ほ、本当によろしいのですか?」
パカル院長は、専門の機器もたくさん用意された大病院の手術室で、何度目か分からない確認をしてきた。
大病院には『殿下は別の女性との結婚を考え始めている。他の魔法も使えないエステルは、せめて、唯一の長所だった魔力で最後に役に立ちたいのだ』と伝えていた。
けれど、それはどうか秘密で、とお願いして。
「恐ろしい苦痛が伴います。数日はベッドから出られないでしょう」
「構いません」
利用するようで胸が痛んだが、エステルは診察台で横たわり、どうにか微笑みを作った。
「患者達を、救いましょう?」
彼は、苦しい顔で頷いた。
実はここには、パカル院長の孫も入院していた。
それを知ったうえでエステルはここを選んだのだ。そうして、知らないふりをして、先日始めてその話をここに持ってきて説得したのだった。
∞・∞・∞・∞・∞
そして間もなく、アンドレアとユーニがデートしていると王都の町中で注目する人混みができる。
「堂々としているところを見ると、やっぱり破局かな」
「公爵令嬢がいるのにデートか」
「デートではないと王室は言っていなかったかしら?」
「けど、アレス伯爵がなぁ……」
さまざまな憶測と、思惑が飛び交う。
そうしてエステルのベルンディ公爵家でもまた、同じくその騒がしさに紛れるようにして計画は進む。
【王太子、魔法数ランキング第二位の伯爵令嬢と、白昼堂々とデート!】
面白がった新聞会社が号外を作り、見に行ってみようぜと野次馬の数も膨れ上がった。
だが、王都の町中で王太子と伯爵令嬢が登場して一時間もしないうちに、今度は『公爵令嬢、魔力を失う』という大ニュースが流れた。
そうすると興味がなかった人々の視線もまた、町中のアンドレア達へと向かった。
もちろんタイミングは公爵家が仕組んだことだ。
それにより、アンドレアはお遊びだったにせよ今回の話は噂程度では済まなくなった。
二人の婚約はだめになるのではないかという話で持ち切りになった。そしてトドメで、その日の夕刻早々、公爵家から王室へ『嫁ぎ先の変更とお詫び』が届けられた。
予想外なことに、エステル・ベルンディは魔力をほとんど失った。
そんな娘は、王太子殿下の結婚相手に相応しくなくなってしまった、と――。
∞・∞・∞・∞・∞
エステルが意識を取り戻したのは、それから三日後のことだった。
ずっと看病についてくれていたようで、目を開けた時、そこにいたパカル院長はとても安心していた。
そうして彼女は、あの日から起こった話を聞くことになった。
無事、計画通りことは進んだようだ。
「こちらの大病院からも、私の魔力はほとんどなくなったことが確認が取れた、公爵家か王室へ届けた意見と同じだとは伝えてくれましたか?」
「もちろんです。ですが……」
完璧な計画のはずだ。
それなのに、何が『ですが』なのか。エステルは不安になった。
「何か、あったのですか?」
あらゆる面から考えての想定はしてあった。
それをパカル院長にも共有していたはずだが、そこには含まれていない何かが起こったのだろうか。
「王太子殿下から、再三ご連絡が」
「なんですって?」
エステルは思わず起き上がった。
すると、くらりとして、集まり出していた医者達が慌てて彼女を支えた。
「力が、入らな……」
「ご無理をされないでください。魔力はギリギリまで尽きかけていました。自然回復もわずかにしか戻りません。戻っても、動けば生命活動と共に損なわれてしまいます」
それは、残されている同手術の記録からと同じ症状だと彼らは言った。
体力に恵まれているのは、魔力量が多い証だ。
「そう、体力がとても少なくなってしまっている状態、なのね……」
そこも予想はしていた。筋肉をつけたらどうにかならないかしらと、エステルは前向きに考えている。
そんなことよりも、アンドレアだ。
彼の想定外の動きが、気になった。
「彼は、どんなことで連絡を取ってきたのですか?」
ベッドの上で座るのを手伝ってもらいながら、エステルはパカル院長に確認した。
「は、はい。まずは、魔力が失われたことを、外部機関にもきちんと調べさせろというご指示でした。もちろん、魔力のことは事実ですから、三回とも『ほとんどなくなっている』という結果が出ました」
「三回も調べたのですか?」
「レディが眠っている部屋に大勢押し寄せるなどと、と私も意見はしたのですが……申し訳ございません」
そうではない。
魔力量の検査というのは、魔力の属性よりも簡単なものだ。
正確な数値が出ることが知られており、わざわざ金をかけてここ以外の三つの場所に、依頼をかけるのはおかしな話だった。
そもそも、着替えていた服は入院用の白いワンピースドレス一枚とはいえ、隠れるところはしっかり隠れるし、意識がない状態なので恥ずかしいとかもないわけで。
(傷跡は……まぁ、かなり目立つわね)
エステルは、胸元を見下ろしてようやく気づく。
コルセットもない状態なので、柔らかく大きな胸がつんっと布を押し上げて、谷間を深く見せている。
そのせいか、集まった医者の中で男性達はできるたけ視線をそこから外すようにしていた。
「それは、パカル院長には大変お手間をおかけいたしました」
「いえいえっ、どうか頭を下げないでくださいませ。こちらこそ、あなた様のおかげで全患者が奇跡の生還をとげ、三日前は退院やら祝いやら取材で、てんやわんやでございましたよ」
入院患者はすべて退院し、今は通常の外来のみなのでこうしてゆっくりできているようだ。
「そう」
エステルは、治ってよかったと思ってホッとした。
一通り見て回った際に、魔力疾患による失明で嘆く者や、魔力食いという難病で両足が消えていた者――それから幼い難病の子供の患者も多くいた。
それにすべてを捧げられるのなら、と、納得したのだ。
多くの魔力量を持って生まれた意味が、ようやくここで果たせられた、と。
「それから、調査の来訪には、殿下もご同行を」
「え、なんですって?」
エステルは、バッとパカル院長を見た。
「彼が来たの? 王太子殿下が?」
「はい、そうです」
私も驚きましたとパカル院長は言い、周りの医者達に意見を求めると、患者のいなくなった病院に護衛の魔法騎士団が多く来て不安だったと本音をこぼした。
(わざわざ、王太子が調査に同行を?)
そんな暇、あの騒ぎの中で彼にはないはずだが。
「変ね……」
考え込み、視線を落とした際に顎に指で触れた。三日間で少しやつれてしまっていた。
でも、そうかと、間もなく納得できた。
(嫌っているから――伯爵令嬢との浮気話を、わざと注目させるために嘘をついたのではないかと疑ったのか)
心が、失望するのを感じた。