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第3話 敗者の言い訳

「馬鹿だねえ……後ろに回ってたんだよ。あんなところで向かいの通路だけ押さえたって意味ねえだろ?戦場の状況はすべて頭に叩き込んでおく、それ常識。そんな事も分からねえからいつまでたっても成長しねえんだよ。すべてを法術に頼っていると戦場では足元をすくわれるぞ。自分で目で見たリアルを信じろ。それが戦場の掟だ」 

 そう言ってタレ目をさらに強調させた表情で笑う女性士官がいた。彼女が第一小隊二番機担当西園寺かなめ大尉だった。訓練場につけられたモニターではすでに背中を取られたことに気づかずに警戒しているカウラの姿が見えた。その姿は明らかに敵を見失って動揺している様がありありと見えた。

 嵯峨はカウラの動揺した姿に満足したような顔を画面に向けて一度見せた後、静かに忍び寄ると素早くハンマーを下ろした。間抜けな『ピコ!』と言う音が響いた。

「そうは言いますけど西園寺さんが勝手に先行しなければこんな簡単には終わってないと思いますよ。いくら隊長が室内戦闘のプロでも三対一で負けるってのは誰かが無茶をするからですよ。一人には二つの目がついているんです。それが三人で六つになる。それだけの目で探知し続けられれば、いくら僕の『テリトリー』が使えなくても簡単には負けて無いはずですよ」 

 誠はいつも独断専行で誠達を振り回すかなめに文句を言った。

「なんだ?訓示みたいなことまで交えて説教とはずいぶんと絡むじゃねえか。偉くなったもんだなあ、神前よ。アタシは第一小隊の中では一番実戦経験を積んでるの。そんくらいの事は分かれよ。アレは叔父貴が上手すぎるんだ……それにしても神前の『テリトリー』にも引っかからねえなんて、叔父貴はどういう能力を持ってるんだ?ひよこの言うことは出鱈目なのか?それとも『テリトリー』に引っかからない叔父貴の専売特許の方法でもあるのかよ」 

 180センチを超える長身の誠を見上げるかなめの目は明らかに誠を馬鹿にしているように見えた。かなめはそのモデルのような体型であるにもかかわらず重量130kgの軍用サイボーグの義体の持ち主である。その性能を知っている誠は黙ってかなめが画面に見入っている第二小隊の面々に向き直るまで待っているしかなかった。

「さすが義父(ちち)上と言うか……僕も修行が足りないのかもしれないな」 

 そう言って模擬銃の弾倉を外すのは嵯峨惟基の義理の娘でかなめの実の妹である第二小隊隊長、日野かえで少佐だった。その弾倉を受け取り静かにうなだれているのが彼女の部下の女性士官渡辺リン大尉だった。二人とも、わずか三分の戦闘だと言うのに嵯峨によって精神的に追い詰められて疲弊しきっていた。

「隊長に何かの方法を使って法術を使うように仕向けてくれたら位置が簡単に割り出せると思うんですけど……神前先輩。どう思います?」 

 しなだれかかろうとする小柄な『男の娘(こ)』アン・ナン・パク軍曹の甘い言葉に誠は思わず後ずさった。誠はこの女装趣味のある小柄な後輩が苦手で、つい身を引いてしまうところがあった。そんな誠を見上げるアンの悲しむような瞳が見えた。

「誠ちゃんに嫌われちゃってアン君かわいそうにねえ。お姉さんが慰めてあげようかしら?」 

 備え付けの戦闘記録の分析を行いながら振り向いた遼州同盟司法局実働部隊の運用艦『ふさ』の艦長、アメリア・クラウゼ中佐の声が響いた。彼女の声ににびくりと震えてアンは首を横に振った。

「アンちゃんみたいなかわいい『男の娘(こ)』がかまってくれないなんてつまらないわね……ってかなめちゃん。何?その顔」 

 コブシを握り締めて威嚇しているかなめを一瞥した後、アメリアは再び戦闘データの解析の作業に戻っていた。

「まったくどいつもこいつも神前の馬鹿にばっか色目を使いやがって。ランの姐御も言ってるだろ?『神前は真の漢になるまで恋愛禁止』だって。特にかえで!いくら『許婚』でも『偉大なる中佐殿』の言うことはこの部隊では絶対なんだ!いらねえちょっかいは出すんじゃねえぞ!」

 かなめはそう言うと東和警察と同じデザインの司法局実働部隊の男子の制服に着替え終わった妹のかえでに声をかけた。

「わかっているさ、お姉さま。僕もようやくこの国『東和共和国』とこの部隊の常識が理解できて来たところだ。でも、お姉さまへの愛だけは変わらないよ。うん、それだけは変わらない。お姉さまの与えてくれる痛みと屈辱だけが僕を僕として生かしてくれる最大の糧なんだ」

 極度のマゾヒストでシスコンであるかえでの言葉にかなめは身を震わせた。

「そこも変えろ。最近はオメエのセクハラが無くなってきたのは良いが、一番そのアタシを愛するとか言う考え方を変えてくれ。ちゃんと毎月調教はしてやるから。痛めつけてやるから。虐めてやるから。辱めてやるから。」

 両刀使いのかえでに対し、かなめにはレズっ気は無かった。ただ、幼い頃のかえでを高名なSM小説家の作品の中にある描写のような調教で変態に仕立て上げたのはほかならぬかなめ自身だった。かえでに変質的な愛で迫られ、調教を強要されるのはかなめの自業自得だと言えないことも無かった。

 誠はそんな二人のやり取りを見ながら、これはかなめのかえでへの『調教』の中身が気になる自分を少し恥ずかしく思っていた。そしてかえでを誠の『許婚』として認めているらしい母に恨み言の一つも言いたい気分になった。

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