予期せぬ誘い
レディ・レイヴンに占ってもらってから、早1週間が経とうとしていた。
そろそろ
人の往来が盛んなこの7日間、俺には考え事が増えている。
1つ、ランスロット卿とアーサー王が仲睦まじくしている様子をどう描くかということ。
2つ、彼女の言う、アルに降りかかるかもしれない災いや『AMをひねったやつ』とは何かということ。そして――。
「ねえメアリーさん! これどこに置けばいい!?」
「ちょっと静かに! 少しは上品に振る舞うことができないわけ!?」
3つ、メイド見習いとしてしばらく家に置くことになったじゃじゃ馬をどうするかということ。
一応ハウスメイドのメアリーに教育は任せているが、この騒がしさは一筋縄でいってなさそうだ。
それにしても、俺がいきなり14歳の女の子を連れてきて「うちに置きたい」なんてこと言ったっていうのに、父さんは「そうか」ってスルーした。
それどころか、普通に彼女に仕事と上司を宛てがう。
まあ、ぼろぼろだった服から新品の服に着替えさせて、雨風しのげる場所(他のメイドと同室だが)を与えたという意味では、誰かの目には慈善活動に見えるのだろう。
おかげで毎日賑やかになったが。
突然、部屋のドアがノックされた。
「ジャック入れて!」
「はいはい」
ドアを開けて、エミリーが入ってきた。
「何しに来た?」
「ちょっと話したいことがあるだけだよ。レディ・レイヴンのことだけど、アンタ結構気にしてんだね」
「……何をだ?」
「自分の絵のこともだけど、アルバートへの予言とか、アタシが知りたい答えがいつ来るかを」
……図星だった。確かに俺は、エミリーの問い――アヴァロンはどこにあるのか――にいつあの人が答えるのかが気になっている。
「アンタいい人だよ。友だち思いで、アタシみたいな野良猫をも気にかけてる」
「……だって、彼女の言葉が本当なら、お前の大切な母親がアヴァロンで待ってるんだろ?」
俺が答えると、エミリーはレディ・レイヴンからもらったネックレスを掴んだ。
「それに、〈湖の乙女〉の加護によって異能が使えるようになったら洗濯が捗るだろうし、な?」
「……、そだね。じゃあアタシ、仕事に戻る」
「ああそうしてくれ。じゃなきゃメアリーに怒られるぞ」
俺の言葉を最後まで聞かないうちに、部屋を出ていった。さて、絵画の構図でも考えようか。ちょうどその時、声がした。
「エミリー! 多分お客だよ! 出てくれない?」
「はーい!」
誰がここに訪問してきたのだろう。父に挨拶しに来た律儀な奴か?
そんなことを考えていると、ドアの外からエミリーが声をかけてきた。
「ジャック! 彼女が来た!」
彼女? レディ・レイヴンのことか! 俺はすぐに部屋を出て、1階へ降りて応接間へ向かった。
そこには、確かに黒ずくめのレディ・レイヴンがいた。
「久しいな、ジャックさん」
「ええ。……というか、なぜここが――」
「占い師に『なぜ分かった』と問うか?」
まさか、俺がジャックで画家の息子という条件で見つけ出したとでも言うのだろうか。
「まあいいでしょう。今、当主は出かけているので、俺が応対させていただく。メアリー、お客様に紅茶を」
「はい」
紅茶を淹れたメアリーを退室させて、エミリーと3人だけになった。
「それで、レディ・――」
「ああ、私の名はエレノア・サリヴァン。名乗っていませんでしたね」
「……ではレディ・エレノア。ここまで来たということは……」
「ああ、預かっていた問いに答えを示しに来た」
案外早かったな。
アヴァロンの場所なんて知るわけがないと思って
「答えを示すには旅が必要でね、共に来てくれないか」
「……仰る意味が――」
「冒険してみない? かつての騎士たちのように」
冒険……。突然言われたその言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「なんでわざわざ冒険するの? アヴァロンの場所を教えるくらい、ここでできる」
「アルバートは私に訊いたな。『たくさんの大鴉がいる屋敷はどこにあるのか』と」
冒険という名目で屋敷に招くということか?
「いや待て、あなた、アヴァロンは『滅多に入っていい場所ではない』って言ったよな。つまり俺たちを誘い出して口を封じようとでも考えているのか?」
エレノアに詰め寄って俺が尋ねると、彼女は吹き出した。
「確かに、そうすることもできる。本来ならばそうしなければならない」
「貴様……!」
「まあ話は最後まで聞け。お前たちをアヴァロンへ招き、生きたまま帰しても構わないと判断したんだ。そうでなければ私が自らお前たちを訪ねたりしない」
まだエレノアの言葉を信じることはできない。
だが、そもそも口封じするくらいなら、あの占いの時に〈湖の乙女〉の加護とか伝承が真実を含んでいるなんて言う必要もない……か。
「……アルバートには、伝えたのか?」
「アルバート・マクレイはもうロンドンにはいないだろう。だからまずお前たちに声をかけた」
アルの家名も居場所も把握しているようだ。
「ねえ」
やっとエミリーが発言した。
「アヴァロンに行ったとして、……母さんに会えるの?」
「ああ、会える。私が約束しよう」
「エミリー待て。エレノアにそんな権限があるものか」
「……私は、アヴァロンの統治者を知っている。アーサー王物語に詳しいなら分かるだろう? ジャック」
モーガン・ル・フェイをはじめとする、9人姉妹の妖精を知っているだと?
〈湖の乙女〉の時も思ったが、どうして妖精たちと知り合いであるかのように話す? ……まさか本当に知り合いなのか?
「……なら、エミリーの願いに俺は関係ないだろう」
「エミリーの願いにはないが、アヴァロンとの関係ならばある」
「また、アーサー王とランスロット卿の話か?」
肯定の言葉の代わりなのか、エレノアは俺の問いに微笑んだ。
「しかし……」
「ジャック・キャロル、一度私に乗ってはどうだ。エミリーと私の2人では、少々心もとない」
彼女の瞳が俺を離さず、彼女の声はどんどん周りの音を遮っていく。まるでこれは、魔法だ。
従えば何が待っている? だがエミリーを1人であいつについて行かせるのも危なさそうだ。ならば――。