バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

冒険をしよう

「いえいえ、遠慮なさらずに食べて行って下さい!」

 シヘンに腕を引かれ、結局食事をごちそうして貰うことになる。

 昨日の襲撃があったのにシヘンは笑顔を振りまいていた。マルクエンはそれを見て元気そうで良かったと安堵しているが、ラミッタは違う。

「シヘン。辛い時は無理に笑わなくて良いわ」

「そ、そんな! 無理だなんて……」

 笑顔を続けるシヘンだったが、涙が一筋流れていった。

 そして泣き始める彼女を、ラミッタは抱きしめる。そんな事があった後、マルクエンはラミッタに話しかけた。

「シヘンさん、元気だと思っていたが、無理をしていたのか」

「宿敵、あなたは女心が分かってないわね。モテないわよ」

「あぁ、よく言われたよ……」

 いよいよ村を旅立つ時だ。燃えて炭になってしまった村の柵を振り返る。

 すると、シヘンとケイが駆け寄ってきた。

「ラミッタさん! マルクエンさん! 私も、私も旅に連れて行って下さい!」

 二人にシヘンは頭を下げる。ケイは心配そうにそれを見つめていた。

「えっと、私は良いのですが……。村が大変な時に大丈夫なのでしょうか?」

 マルクエンに言われ、シヘンは言葉を返した。

「私、私はもっと強くなりたいんです! 村は大変ですが、私がもっと強ければ守れました! 私は大切な場所と人を守れるぐらい強くなりたいんです!」

「その気持ちは分かりました。ですが、親御様も心配なさるのでは」

 マルクエンが言うと同時に、ラミッタとケイは、しまったと思った。

「私、幼い時に両親を魔物によって失いました」

 それを聞いてマルクエンは肝を冷やす。

「あっ、えっと、その、申し訳ない。考えが足りない発言でした」

「いえ、良いんです! そして私は村の人達に育ててもらいました。だから私は村に恩返しがしたいんです」

 マルクエンの代わりに今度はラミッタが話す。

「それならば、なおさら村に留まって復興を手伝った方が良いんじゃないかしら?」

「いえ、今の私じゃ何も出来ないって気付いたんです。だからお二人みたいに強くなりたいんです!」

 そうかとラミッタは短く言ってシヘンに背を向ける。

「付いていきたいなら好きにして」

「はい! ありがとうございます! わかりました!」

「ちょ、ちょっと待ってください! シヘンが行くなら私も付いていくっス!」

 二人のもとに小走りで向かうシヘンの後を、ケイが追いかけた。

「ケイ、私なら大丈夫だよ」

「いーや、お前一人じゃ心配だ。それに、私もそろそろ稼げる場所に移動しようと思っていたからね。マルクエンさんとラミッタさんが居るなら道中も安心だし」

「旅は人が多い方が賑やかで良いです」

 マルクエンが歓迎すると、ケイはニヤッと笑う。

「それじゃ決まりっスね。道案内は任せて下さいよ」

 こうして四人は村を後にした。


 朝に村を出て、その上ケイの道案内もあり、四人は夕暮れ時には街に着くことが出来た。

 住民の数は千人ぐらいだろうか、そこそこ大きな街だなとマルクエンは思う。

「さて、今日は遅いですし、宿を取った方がいいっスね。明日この街の冒険者ギルドに行きましょう!」

「えぇ、分かりました」

 ケイの言葉にマルクエンは返事をした。宿屋に向かうと三人部屋と一人部屋を取る。

 その後は適当な飯屋に向かい、四人は食事を取ることにした。

 肉や揚げ物が盛り付けられた大皿料理と、スープにパンが目の前に運ばれてくる。

「よっしゃ、景気よく乾杯! ……、と言いたい所だけど、宿敵。あなたのそれは何?」

「何って、ミルクだが?」

 真面目な顔で言うマルクエンにラミッタは爆笑する、

「あんたミルクって、冗談はやめてよ」

「何だと!? ミルクは体に良いらしいぞ?」

「いや、普通酒でしょ酒!! 飲まなそうなシヘンだってお酒頼んでるのよ!?」

 ラミッタとケイはジョッキのビールを、シヘンはワインを頼んでいた。

「私は酒が飲めないんだ。ビール一口で気持ち悪くなって寝る」

「そのガタイで酒飲めないの!?」

「あぁ、一滴も飲めん」

 断言するマルクエンにシヘンもポツリと言葉を漏らす。

「マルクエンさんの意外な一面ですね」

 はぁーっとラミッタはため息を付いた。

「あなたと戦う時、剣じゃなくて酒でも掛けたほうが良かったかしら」

「まぁまぁまぁ、ラミッタさん! 乾杯っスよ!」

「……そうね、おこちゃまに乾杯!」

 四人はジョッキとグラスをぶつけ、中身を飲み始める。

 食事の時間は楽しいものだった。それが終わると宿屋へと戻る。

「宿敵は一人部屋ね、寂しくなって夜泣かないでよね?」

「ははは、言ってくれるなラミッタ」

 そう言ってマルクエンは部屋へと入る。この世界に来て始めて一人でゆっくりと考え事が出来るようだ。

 ベッドに腰掛けて天井を見つめる。マルクエンにはこの世界が元いた世界とは別物だと今だに信じられない。

 料理もどこか見覚えのあるものばかりだし、言葉も通じる。

 だが、この世界にはイーヌ王国もルーサもない。元の世界へ戻れるだろうか? そんな事をぼんやりと考えていた。



 いつの間にか眠っていたマルクエンは朝を迎える。定刻になると音が鳴る魔石に起こされ、上半身を起こした。

 鏡を見て髪を整える。ふと、伸びてきた髭が気になった。王都では朝メイドに剃ってもらっていたが、現在そんな者は居ない。

 一瞬、この世界にも理髪店はあるのだろうかと考えたが、無い訳があるまいと身支度をしながら思う。

 マルクエンは宿屋のロビーで仲間達を待つ。その間、紅茶を一杯頼んで飲んでいた。

しおり