1.真夜中の来客
これは今朝僕が見た不思議な夢の話。
夢の中の僕はソファに寝転がりながら携帯をいじっていた。ルームメイトが散歩をすると言って家を出た直後、その時を待っていたかのように携帯が鳴った。彼女の親友の結島さんからだった。
「ねえ優斗くん、今からそっち行ってもいい?」
口調から読み取るに、結島さんはかなり酔っているようだった。時間も時間だし、終電はもうないのだろう。
「え、今から? なんで急に」
「もう電車ないしお金もなくて。優斗くんは今家?」
「まあ、そうだけど……」
ルームメイトは散歩をすると一、二時間ほど帰ってこない。まあ部屋にあげて少し休ませる分にはいいだろう。もし、休ませている間に帰ってきても事情を説明すれば納得してくれるはずだ。
「今どこにいるの?」
「月見台」
月見台はうちの最寄りの一個隣の駅だ。来ようと思えば十五分ほどで来れるだろう。
「わかった。泊めるとかはできないかもだけど、休むくらいならいいよ」
「ありがと」
「もしかしたらルームメイトに事情を話せば泊まらせてくれるかもしれないし、最悪お金貸すからタクシーで帰るなり、駅前のネットカフェ使うなりして」
「うん、ありがと」
家の住所を伝えた後、電話を切って一応ルームメイトにメッセージを送る。彼は連絡を頻繁に見るようなやつではないし、散歩中ならなおさらだ。まあいい、しばらくしたら返ってくるだろう。
最近、僕は彼女の絵里とうまくいってない。こんな時に自分の親友と彼氏が二人きりで会っていたなんて絵里が知ったらかなりややこしい。僕は結島さんと特段仲がいい訳でもないし、本当は断ったほうがいいのだろう。でも、女の子をこんな時間に一人にするのも少し気が引けるので承諾してしまった。事情を話せば絵里も納得するはずだ。
電話が切れてから二十分ほどするとインターホンが鳴った。扉の前には結島さんがだるそうに立っている。扉を開けると結島さんはおぼつかない足取りで家に入ってきた。部屋に入ってくるのと同時にお酒と香水が混じったような匂いが香った。夜の闇の匂いをそのまま香水にして纏っているような不思議で危険な香りだった。
「おじゃまします」
「そっちの部屋はルームメイトの部屋だから入らないでね。僕の部屋はリビングと兼用だからちょっと汚いかも」
「うん、ありがと」
そう言ってリビングに向かった結島さんは崩れるようにソファに座り込んだ。僕はキッチンで水を汲むついでに玄関で適当に脱ぎ捨てられたハイヒールを揃えた。ハイヒールはブランド物のようでかなり値段がしそうに見えた。絵里は結島さんのように派手でキラキラしているようなタイプではなく、どちらかと言うとおとなしいタイプの人だ。なんでこの二人が親友の関係なのだろうと結島さんに会うたびに思う。むしろ性格が真逆だからこそ親友の関係でいられるのかもしれない。
僕もソファに座り、結島さんに水を渡す。結島さんは白く細い手で水を受け取り、何日も水を飲んでいなかったかのように無心で水を飲み始めた。首についている可愛らしい喉仏が水分を次々に体内に押し込んでいる。水を飲んで少し落ち着いたようで、結島さんは空中のある点を見つめながら事情を話し始めた。
「急にごめんね」
「まあちょっとびっくりしたけど大丈夫だよ。具合はどう?」
「そこそこ。ねえ、最近は絵里とどうなの?」
「まあ、ぼちぼち」
「私今日絵里と飲んでたんだけどね、大喧嘩しちゃってね。絵里の愚痴聞いてても優斗くんは悪くないような気がして、それでちょっと言い合いになって。それで今まで溜まってたのが爆発しちゃって」
「そっか、たぶん今絵里は荒んでるだろうだから。ごめんね、僕が何とかしなきゃいけないのに」
「優斗くんはどこまでも優しいね。絵里が羨ましいよ。なんでこんなにいい男を悪く言うんだほんとに」
「まあ向こうにも事情があるんだよきっと」
結島さんと絵里が喧嘩をするなんてあまり聞いたことがないから、僕は少し驚いた。あんなに仲が良くても喧嘩をするものなのか。喧嘩をするほど仲がいいと言うしそういうものなのだろう。会話が終わるとしばらく沈黙が続いた。エアコンの音がうるさく感じるほど静かだった。
「ねえ」
結島さんは僕の方を見て話しかけてきた。その瞬間、明らかに空気が変わった。この後に続く言葉はなんだかよくないもののような気がした。