第111話 ゲームに興ずるゲームに疎い人
「あのー……アン君?何をしているのかしら?あと、普段も女装しているのね。それと西君、彼女が出来てよかったわね。男の
立ち尽くすアメリアの前にゲーム機のコントローラーを持って座り込んでいるアンが見えた。二人はゲームをしていた。それ以上でもそれ以下でもなかった。あまりに当たり前の光景に一同はただひたすらこれまでの妄想を打ち消すことに必死だった。
「『戦国群雄伝 国盗り物語』」
誠も西の端末の画面を見た。そこには髭面の日本の戦国時代の武将の顔が映されている。『戦国群雄伝シリーズ』は地球の日本の戦国時代を再現したシミュレーションゲームとして一昔前の東和で流行ったゲームだった。今時ネット対戦でもなく一人用のシミュレーションゲームと言うことで珍しがられてコアなファンがいるゲームとして知られていた。
「渋い……って言うかなんで非番の日に部屋でこんなゲームやってるんだ?しかも二人で一人用のゲームを。若いもんが日中二人で部屋でする事か?こんなこと。同じゲームなら二人対戦のゲームにしろよ。その方が盛り上がるだろ?」
ただその事実にかなめは呆然と西達を見つめていた。
「ああ、アンはゲームとか知らないって言うんで教えてあげてるんです……僕も東和に来て最初にやりたかったのがこのゲームの前のシリーズですから……甲武にはテレビもラジオもありませんから。僕も東和に来て初めて給料でテレビを買ってゲームをするようになったんです」
西は何事も無かったかのようにそう言ってコントローラーを握った。
「へえ、西君がオリジナル大名で出てるんだ……国は和泉……畠山氏をいじったのね。このゲームってチート設定に簡単にできるのが売りだったのよね。でも私はチートは認めない。まあ、うちにはランちゃんと言う実戦におけるチートの存在が居るのは認めるけど。ゲーム上のチートは反則よ」
こういうゲームには詳しいアメリアはアンからコントローラーを奪うと武将の能力値の確認を始めた。ついてきたかなめも生暖かい視線でアンと西を見比べながら画面を覗き見ていた。
「家老が叔父貴……人選が間違ってるだろ。あんなのに家を任せたら無駄遣いで家が潰れるぞ。一番人を裏切りそうな顔した家老なんて洒落にならねえだろ。おい、アメリア。これって能力の最高値はどうやって見るんだ?」
かなめが今にも笑い出しそうな顔をしていた。止めるべきかどうか悩みながら後ろのカウラに目を向けるが、彼女も呆れつつも興味があるようで画面をちらちらと盗み見ていた。
「設定は100までだけど改造ツールを使えば150まで……ああ、ノーマルねこれ。改造ツールは一応違法だからネットでも出品された途端に運営から削除されるし、そうなると裏ルートって話になるんだけど、裏は裏だけに結構良い値段するのよね。しっかり者の西君がネットの裏ルートの通販なんて手を出すとはとても思えないけど」
アメリアのニヤニヤが止まらない。こうなっては誰も手が出せないので、部屋の主の西も苦笑いでアメリアとかなめを見守るしかなかった。
「知性98、武力99。チートねえ、でも……西君。忠誠60で不満が80になってるわよ……って義理が0じゃないの!謀反起こされるわよ!このゲームは謀反が結構頻繁に起きるので有名だから。まあ、あの『駄目人間』に謀反を起こすようなエネルギーがあるとは思えないけど……でもそれはリアルの話であって、ゲームのデータに過ぎない今の隊長には十分謀反の可能性があるわよ」
アメリアの頭の中ではゲームの嵯峨と現実の嵯峨がごっちゃになっているようだった。
「へ?これ初級ですよ。謀反は起きにくい設定なんじゃないですか?僕はゲームはあまり上手くないので初級しかやりませんが、これまで謀反が起きたことなんて一度もありませんよ」
データを慣れたコントローラーさばきで検索するアメリアに西は何をしても無駄だと悟っていた。苦笑いを浮かべながら西は画面を見つめていた。
「馬鹿ねえ、この性格設定は松永弾正より謀反が起きやすい状況じゃないの。俸禄を増やして……不満を少しでも下げて……それでも義理が低いからすぐに裏切るかもね。まあ私には関係ないけど」
完全にゲームのコントローラーを独占してアメリアは勝手に操作を始めた。入力が終わるとすぐにかなめがコントローラーを奪って再び武将情報の画面に切り替えた。
「へー西の餓鬼が大名ねえ……げ!いつの間にアタシ等が部下に……西……テメエは平民だろ?なんで貴族様のアタシを部下にするんだ?ちゃんと平民は平民らしく貴族に従え、これは命令だ!領主様の言うことは甲武では絶対なんだ!」
そこまで言ってかなめのニヤニヤに火がついた。さらに隣のアメリアも薄ら笑いを浮かべながらアンを見つめた。アンはしばらくうつむいて時々西を見つめた。この東和に来たばかりのアンにとってブラウン管のテレビ自体が珍しいのだろう。ただひたすら嬉しそうに画面を見つめていた。
「おい、なんで西の妻がひよこなんだよ。いいねえ純情で。それにしてもひよこは人気あるな。アタシは隊の野郎共からは完全に恐れられていて誰も声をかけてこねえと言うのに、誰もがひよこには優しい言葉を掛けたり色目を使ったりしやがる。面白くねえな」
誠はそれはかなめの持っている銃を怖がっているのだと助言したかったが、それを言った途端に射殺されるのは目に見えているので黙り込んだ。
「西園寺さん!このことは黙っていてください!お願いします!特に島田班長には!僕がひよこさんに思いを寄せているなんてバレたらそれこそ先輩方に袋叩きにあいます!」
かなめに西が土下座を始める。だがそんな西が入り口を見て表情を硬直させたのに気づいて誠達も入り口に目をやった。
「おう、西。休暇か」
そう言って部屋に入って来たのは先ほどまで縛られていたことで血流が悪いのか、どこか顔色の冴えない島田だった。そのまま西がちらちらと見ている端末の画面を覗き見た。