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いわゆる男の娘

「僕を食べて下さいムツヤさん!」

深い森の中でユモトはそう叫んだ。ムツヤは首をかしげて『この子はいったい何を言っているんだろう』と思う。



 待ち合わせの時間の10分前、2人は冒険者ギルドの掲示板前の席に座っていた。

 1人はこげ茶色の目をし、皮の鎧を着て伝説の魔剣『ムゲンジゴク』のレプリカを腰に下げている。

 もう1人はオークの女だ、頭の兜から栗色の髪を一本に束ねて外へと出していた。種族はオークだが、顔立ちは人間からしてみると美女の部類に入る。

「すみません、遅れました!」

 そう言って息を切らして走ってきたのはローブを着た小柄な魔法使いだ。


ユモト・サンドパイル

(イラスト:兎月くるる先生)

 白を基調とし、胴回りや袖に青色や金色でアクセントを付けたローブがよく似合っている。

 茶色に緑を混ぜたような色合いのくせっ毛のある髪を肩まで伸ばし、肌は色白でくりくりとした大きい目。

 男であれば振り返って見つめてしまう小動物的な可愛さがあった。しかし、その魔法使いは男だった。

「大丈夫ですよユモトさん、俺達が早ぐきちゃっただげなんで」

 ムツヤはそう笑って話しかけた。はぁはぁと息を切らしながら上目遣いでユモトは二人を見つめる。

「あのっ、この服変じゃないですか?」

 ユモトは家を出るギリギリまでその白いローブを着ようか着まいか迷っていた。

 そのローブは母の形見であり、母の一族の血を受け継いでいるユモトが着た時のみ魔法を使う力が増すという代物だった。

 唯一の欠点はこれを着ると、どうしてもユモトが女にしか見えなくなる事だった。

 悩んだが足手まといになりたくないと決心して着ていくことにした。

「大丈夫、似合っでますよ」

「良かったぁ」

 ムツヤの言葉を聞いてユモトは安堵し、ふぅーっと息を吐いた。今日は初めて3人だけで冒険者ギルドの依頼を受ける日だった。

――
――――
――――――――

 3日前、ムツヤはゴラテの書いた推薦状を持って冒険者ギルドへと足を運んだ。書類の手続きを終えるとモモと同じく戦闘のテストを受けることになる。

「あーはいはい、昨日のオークのモモちゃんだっけか、その仲間の子ね。改めて私は試験官の『ルー』よろしく」

「ムツヤ・バックカントリーです、よろしくおねがいします」

 ルーは片手を差し出して握手を求めてきた、その小さい手をムツヤが握った瞬間にルーは目を見開いて言った。

「あーうん、君はもう合格で良いや」

「えっ?」

 ムツヤは拍子抜けして間の抜けた声を出した、戦いの初心者を演じるシミュレーションを何度も頭の中でしてきたのにそれはあっさりと無駄になる。

「どうしてですか?」

「どうしてって、もう手を握った瞬間わかるわよ。確か君は外国の人でしょ? そこでどんな修行をしたのかは知らないけど、こんな新人は初めてよ」

 ムツヤは晴れて冒険者の1人となり、ユモトが魔法使いとしての感覚を取り戻すまでの3日間モモと共にゴラテから冒険者ギルドの使い方や依頼の受け方等を教わっていた。

 そしてやっと今日、3人だけでの冒険が始まる。

 初めてこなす依頼は『森の中で薬草を取ってきて欲しい』という簡単なものだった。少し退屈な依頼だったが、ムツヤは張り切っている。

 この時は誰も薬草を取りに行くだけなのにとんでもない魔物と出会うことになるとは思いもしていなかった。

「この森は昔よく入ってましたので僕が案内しますね」

 森の入口に立つとユモトは笑顔を作った。

 お世話になったムツヤ達に少しでも恩返しが出来ることが嬉しかったからだ。

「わがりました、お願いします」

 ムツヤはそう言うとユモトの後ろをくっついて歩いた。

 この森は凶悪な魔物が出ることも少なく、新米冒険者の訓練にはもってこいの場所だった。

 ユモトは方角を指し示す魔法陣を手のひらに出して歩き始める。

 しかし、気は抜けない。

 今も大きな蛾の様な魔物達がユモトに特攻を仕掛けてきた。

 ユモトは右手を前に出して魔法の防御壁を出し、それを受け止め、そのまま雷と氷柱を出して蛾を感電させ、串刺しにした。

「はい、モスモスは色が赤い個体ほど強くて凶暴になります、これは緑色なんで弱い方ですね」

 塔の中にいるのは真っ赤な血を浴びたような奴ばかりだった。と、言おうとしたが、塔のことは秘密だということを思い出して言葉を飲み込む。

「い、いやー、初めて見ました」

 ムツヤは視線を左上にそらしてそう言った。ムツヤの嘘はわかりやすい。

「ムツヤさんの国ではモスモスはいないんですね、そう言えばムツヤさんってどこの国のご出身なんですか?」

 ムツヤはユモトからの質問を受けて困ってしまった。自分の住んでいた地名すらわからないのでどう答えるべきかと考える。

「えっ、えーっと田舎の……」

「ユモト、日が暮れる前には森を出たい、ムツヤ殿とのお話は森を抜けてからゆっくりしよう」

 モモが助け舟を出してなんとかこの場はしのいだが、いずれユモトだけにも本当のことを伝えるべきかどうかモモは考えていた。

「あっ、そうですよね、すみません。では行きましょう!」

 ユモトは元気よく前を向き直すと、ずんずんと森の中を進んでいく。

 道中モモはムツヤ殿の出身地を考えておかなくてはと考え事をしていた。

 1時間は歩いただろうか、その時になってようやくユモトは何か異変に気付く。

「おかしいです、もうとっくに目的地に着いても良い頃なのですが……」

 ユモトはそう言って不安げな顔をする。そしてまた1時間が経過した。

「すみません、すみません! 道は合っているはずなんですが!」

 またユモトが謝り始めた。今度は半分泣きそうな顔になっている。

「大丈夫だ、道を間違えるぐらい誰でもある」

 モモはユモトを慰めつつも違和感を覚えていた。森を同じ方角へ真っ直ぐに進んでいるはずなので道を間違えていたとしても森を抜けても良い頃だ。

 それともう1つの違和感は。

「先程から動物を見ない、虫の1匹や鳥の1羽すら居ないというのはおかしい」

 気付いていなかった2人も言われてみればと思い返してみた、やはりこの森はどこかがおかしい。

「もしかして……」

 ユモトは嫌な予感がした、道に迷って動物も居ない。それが指し示す答えは。

「幻覚か僕たちの周りに結界が張られている……?」

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