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今日から私は怨霊だ

人間、死ぬときを事前に把握できる人は稀である。交通事故は突然起きるし、癌などで余命宣告を受けても、その余命はあくまで医者の推測であり、残り半年と言われても実際は半年を越えて生存することもある。
私の場合、いわゆるブラック企業務めで無理をして身体を壊して、会社で倒れ医者から余命宣告を聞くこともなく、ある日ポックリと死んだ。
しかも、転職して入社したその会社では、中途採用のため試用期間だと言われて正社員扱いではなく、見習いという呼称の非正規扱いで、どんなに残業しても残業代はつかず、非正規ゆえ、なんの手当もなく、月十万という固定給で、社長にこれでは、アパートの家賃を払ったらほとんど残らず生活が苦しいと直談判しても、仕事ができないからととりあわず、見習い扱いの薄給が正しいとされ仕方く無理を続けた。
前任者がアパートを急に引き上げて会社をバックレたような案件を押し付けられ苦労して片付けても、別の担当者が大事なデータをうっかりパソコンのゴミ箱に捨ててしまってぐちゃぐちゃになりかけた案件を必死に建て直しても、社長は私の功績を認めず、非正規扱いのままだった。いつか社長が私を認めて正社員扱いしてくれると信じて無理を続けて、私は、ある日、プツッと脳の血管が切れて死んでしまったのだ。
田舎から私の両親が慌てて出できて、私のアパートを片付けて、天国への生き方が分からず、私は自分の葬儀を他人事のように眺めていた。悲しむ両親に声を掛けたかったが、幽霊となった私の声が届くはずもなく、天国への生き方も分からず、私は、現世をうろついていた。そうして、うろついているうちに私は自分があの世に行けないのは、この世に未練があるからだと気づいた。それは、私を見習扱いで使い潰した社長に復讐したいから、この世に留まっているんだと。今日から私は怨霊に生まれ変わったんだと思い至り、会社に向った。
が、会社はつぶれていた。考えてみれば当然で、前任者が案件をほっぽり出してばっくれたり、大事なデータをうっかり消去したりするような連中のいる会社である。見習い扱いの私が何とか、そういう危ない案件を上手く処理していたからもっていただけであって、私がいなくなって潰れるのも当然だった。見習いではなく、正社員として、過労死しないようにきちんと優遇していたら、潰れなかったかもしれないが、どうやら、怨霊として、社長らに怖い目に遭わせる前に会社への復讐は済んでしまったようだ。
復讐したい会社が、もうない。困った。社長や、見習い扱いで私をバカにしていた同僚も会社でしか会ったことがないので、どこに住んでいるかも分からない。せっかく、怨霊になったのに、私の死と同時に復讐は思わってしまっていた。これが、浮遊霊というものらしい。行き場のない私は、たださ迷うだけだった。

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