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第189話 行方の知れぬ裏金

「今気づいたんですが、いくつか名前が入って無い欄があるんですね、この表」 

 茜の言葉に嵯峨はそれまで机の背もたれに投げ出していた体を起こした。

「名前が無いというよりも書く必要が無い、書きたくない人がこれだけの金額の利益を得ていたと言うことだな」 

 名前の記載のない人物の入金欄には他とは二桁違う金額が並んでいた。それを眺める嵯峨の言葉に一同はしばらく彼が何を言おうとしているかわからずにいた。

「名前を書きたくない……そんな人に金を流したんですか?なんで?」 

 呆然と帳簿を見つめる誠の背中に鋭い声が飛ぶ。

「それがわかれば苦労しないですわよ。お父様。この金銭の流れの裏づけは取れているのかしら?その人物が『彼』に間違いないことは」 

 茜が急に身を乗り出した。茜がその人物を『彼』と表現したのは、おそらくそれが誠を助けたと言う法術師であり、その人物の名はこの場では公にできない名前なのだろうと誠は察した。

「クバルカ、どうだ?」 

「他の面々は証拠がそれなりにあるんだがよー……こいつだけはどうしても足がついてねーんだ。まるで直接集金人が取り立てに来ていたみたいだな……まあ別ルートで大量の金塊をカント将軍は購入しているという裏が取れたからおそらくその金が使われた可能性は高いけど……やっぱり『奴』なのか?それならすべてのつじつまが合う」 

 ランの言葉に逆に茜は目の色を変えた。

「つまり、何時でもカント将軍に会って金塊を取りに行ける立場にいた人物と言うことになりますわね。干渉空間を展開して転移できる法術師なら……いつでも出入りが可能になると……」
 
 その言葉にかなめは複雑な表情を浮かべて茜の姿を眺めていた。

「まあそう言うことになるわけだが、まあそう言う慎重な『奴』のことだ、記録に残るような会い方はしてるわけがねえよな?」 

 嵯峨はそう言うとタバコをくわえながらかなめを見つめた。

「それより『彼』とか『奴』とか言うけど、そいつは何者なんだよ!それが分からなきゃアタシは動かないぞ」

 まるで子供の様に拗ねたかなめは嵯峨から顔を背けた。

「そいつの名前は今は言えないんだ。ただ、『奴』おそらく拠点としているのはこの国東和だ。それは神前が二度も襲撃を受けたことではっきりしている。北川公平の飼い主である『奴』が潜伏するのに一番適しているのは……かなめ坊よ。お前さんのホームの東都の湾岸部だ。東都戦争の時は散々暴れまわったそうじゃないの。そこで、金回りの良い人間を見繕ってくれ。そこから『奴』の足取りを追う。まあ簡単に尻尾を掴ませるような間抜けな男ではないのは知ってはいるが、何もしないよりはマシだ」

 かなめにはある過去があった。遼南共和国が崩壊して遼帝国成立した時、遼南共和国で利権を握っていたため遼帝国に居られなくなった亡命者多数、東和共和国に流れ込んだ。『租界』と呼ばれる封鎖地域のある東都湾岸部。そこで薬物や密輸品の利権をめぐりマフィアと各軍特殊部隊が全面戦争を繰り広げた『東和戦争』でかなめは潜伏任務に就いていた実績があった。 

「期待していますわよ、『甲武の山犬』さん」 

 東都での破壊行為で裏社会を恐れさせたと言うかなめの二つ名を茜が微笑んで口にする。かなめは聞き飽きたと言うように軽く右手を上げて誠の口をふさいだ。

「ですがこの入金を受け取ってた人物はなんで今回のバルキスタンへの出動を妨害しなかったんでしょうか?そもそも我々が出動する時点でこの基地を襲撃して出撃自体を不可能な状態にしていれば、カント将軍と言うスポンサーを失わずに済んだはずです。これだけの資金源を得るルートなんてほかになかなか見つけられるとは思えないんですが」 

 カウラのそんな言葉に嵯峨は頭を掻いた。

「もう『奴』にとってはカント将軍からは絞れるだけ絞ったってことだろ?それにこういうやばい仕事は引き際が大切だ。その点じゃあ『奴』はこの金塊を帳簿に有る分貰えばこれ以上カント将軍に関わって危ない橋を渡る必要も無いと判断できるだけの頭脳を持っている。そう言う男だ」

 嵯峨はその人物を『男』だと言ったことで、誠は少なくとも嵯峨はこの人物が特定できていることは分かった。 

「さっきから隊長の顔を見ているとまるで神前曹長を助けた法術師と金塊を譲り受けた人物が同一人物であるような感じに聞こえるんですが……私も知りたいです。その男の正体はなんですか?」 

 カウラのその言葉に嵯峨はタバコをくわえながら下を向いた。

「そうだよ、少なくとも現時点では俺はそれが同一人物だと思っている。まあ八分くらいはそう言うつもりで話しているんだけどな。そうでなければ誠にこれほどかわるがわる法術師をあてがっている理由が説明できないよ」 

 小さな国の国家予算規模の金塊を手にした法術訓練施設を保有するテロリストが目的もわからず行動している。誠は自分の背筋が凍るのを感じていた。

「それとこのことは内密にな。俺がもしその組織のトップにいれば金塊と法術組織のつながりを探るような行動をとる公的組織があれば全力で潰しにかかるぜ。これだけの支援をバルキスタンから引き出せる人物が間抜けな人間であるわけがねえだろ?実際『奴』は抜け目がない。俺は甲武でコイツの新たなスポンサーに会った。主義主張がまるで合わないこの二人は手を結ぶのはお互い嫌がってる様子だったが、世の中『金』だ。そして神前が『近藤事件』で『法術』の存在を示したことで金に匹敵する力の存在をそのスポンサーは理解した。だから利害を超えて二人は手を組んだ」 

 この場にいる誰もが嵯峨の意図を汲み取って頷いた。そして東和軍や同盟司法局に対してもこれが秘匿されるべき話だと言うことは誠にもわかってきた。

「まあつまらない話はこれくらいにしておくか?俺の分かっていることで『奴』の正体以外の事は全部話した。もうこの会議もおしまいにしよう」

 そう言った嵯峨の表情が急に緩んだ。

「ちょっと急な話だったからできなかったけど、とりあえずうち流の歓迎を新第二小隊の皆さんにもしてあげようじゃねえの」 

 タバコを吸い終えた嵯峨はそう言うと立ち上がった。

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