第165話 義父と義娘
かえでの姿を見るうちに嵯峨の目に涙が光った。
自分では柄ではないと思っている。人斬り、策士、卑怯者。様々なあだ名で呼ばれ敵にも味方にも恐れられた自分の弱さ。それが家族であることを嵯峨は理解していた。
先の大戦でも彼は諜報部員として地球の軍人達の家族への私信を加工することで、家族を思う心理により兵士の士気が著しく下がることは知っていた。そして自分もまたその例外ではないことを自覚してその皮肉に思わず笑みを浮かべていた。
嵯峨を産んだ母は夫の放蕩と彼の将来を案じて壊れた。母を引き継いで嵯峨を育てた祖母はテロに斃れた。実の父は自分を憎み権力闘争の末に内戦にまで発展させ彼を追い落とし、握った権力に溺れて国を失った。妻は義父が起こした政治抗争の中で義父を狙ったテロに巻き込まれて殺された。弟は自らの手で斬り捨てた。
そんな嵯峨の義理の娘となったかえでが目の前の独り立ちして自分の背負っていた嵯峨家と言う大きな地位を支える立場になったことについ涙が流れる。
「義父上?もしかして泣いているのですか?そんなに僕のことが不安ですか?」
かえでがあまりに意外な嵯峨の自分を見ての反応にそう尋ねて来た。嵯峨にも親の体面と言うものがあった。流れようとする涙をぬぐうと嵯峨は再びいつもの飄々とした態度に戻った。
「そんなことはないね。ただ目にゴミが入っただけだ。俺は『悪内府』、鬼をも恐れぬ憲兵少将殿だよ……それにお前さんも『特殊な部隊』に転属すればわかると思うが、あの連中に涙なんて似合わないよ。笑いが似合う」
そう言って嵯峨は無理に笑いを作ってみせた。
それでもかえでには義理の父である嵯峨がその数奇な運命を思い出して涙を流している事実を察することくらいは出来た。
二人はすでに親子になっていた。男女を問わずモテる義娘と誰からも煙たがられるモテない義父。その奇妙な親子関係は始まったばかりだった。