第164話 『駄目人間』のファッションセンス
「義父上、本当にそんな格好で良いんですか?僕には隠居したとはいえ、四大公の当主ともあろうお方の格好とはとうていおもえませんよ」
日野かえでは紺の小倉絣の着流し姿にいつもの日本刀と身の回りの品の入ったトランク一つと言う、義父嵯峨惟基に声をかけた。確かに皺だらけの着流しに緩めに帯を締め、そこに日本刀を刺した姿は一代公爵の地位となった今としても不適切極まりない姿だった。
亜空間飛行を行うシャトルが出入りする鏡都四条畷宇宙港に一人、そんな姿の嵯峨は周りとは明らかに浮いていた。甲武にしては垢抜けた服装からおそらくは東和共和国から来たと思われるビジネスマンや甲武の『大正ロマンの国』と言うキャッチフレーズに惹かれてやってきた観光客が行きかうフロアーで、明らかに目立つその姿にかえでは少しばかり呆れていた。
このような格好の平民や下級士族達が闊歩するが珍しくない甲武国内ならいざ知らず、嵯峨の行き先は圧倒的な経済力を遼州系に見せ付けている東和である。そこに甲武四大公家の家督を姪のかえでに譲り、先例で旧世代コロニーである泉州を領邦とする身分に落ち着いた甲武貴族の当主とは思えない身軽な格好をする嵯峨はあまりに庶民的でその身分にふさわしい姿とは言えなかった。
新たな嵯峨家当主であるかえではため息をついた。
「いいじゃん別に。お前さんの周りをうろちょろするわけじゃねえんだから気にするなよ。お前さんみたいに周りに女を侍らせてウハウハしたいってことならば話は別だよ。でも茜は遊郭で遊ぶ金も出してくれないんだ。俺も小遣い三万円だし……いくら物価が安い甲武と言ってもそれじゃありんご飴ぐらいしか買えやしねえ」
そう言って笑う義父の表情が明らかに自分を小馬鹿にしているように見えてかえではまた一つ大きくため息をついた。そして周りを見渡すかえではすぐに顔を隠すように手で顔を覆う。しかし、海軍の佐官の制服。隣に立つ従卒のように付き従う渡辺リン大尉。そして先日の殿上会で四大公家末席の家柄の嵯峨家の家督を継いだことを報道されたかえでの面立ちのくっきりした顔は注目を集めるには十分すぎる格好だった。自分が目の前の義父の関係者と思われることはかえでのプライドが許さなかった。
周りの好奇の目が三人を襲う。その視線がかえでに痛々しく突き刺さってきた。
「こんな格好の俺から言うのもなんだけど、お前さんも少しは四大公爵の威厳ってものを学ばないとな。俺と一緒に居るぐらいで狼狽えてたら四大公家の末席なんて務まらないよ。この国じゃこれまで以上にお前さんの言動は耳目を集めることになる。『マリア・テレジア』計画。いい加減それくらいにしとけや」
嵯峨としても上流貴族の奥方に次々と自分のクローンを孕ませて大問題を起こしたかえでには一言言いたいところがあった。
「義父上と父上と言う反面教師がいるからその点は大丈夫ですよ。それに『マリア・テレジア』計画ももう終わりです。これからは僕は拠点を東和に移すんですから……まあ、東和で気に入った娘で僕の子を産みたいと言うのなら考えないことも無いですが」
そう言ってかえでは苦々しげに笑った。その笑顔にキャビンアテンダント達が微笑みあっているのが見えるが、目の前に貧相な嵯峨が立っているので、いつものさわやかな笑顔を送って微笑み返す余裕など今のかえでには無かった。
「お前さんには学習能力が無いのかよ。東和は不倫には甲武より厳しいぞ。あそこの国は色恋関係には特に厳しい国なんだ。それに俺の部下になるんだ。お前さんの問題行動は俺の査定に響くの。一応、軍人や警察官も公務員なんだから、その点自重してよ。頼むから」
そう言うと嵯峨はかえでの前に手を合わせた。嵯峨としてもこれ以上『特殊な部隊』に特殊な隊員が集まるのは御免だった。
「まあ、いいでしょう。とりあえずは自重してみます。でも僕は魅力的だからな……その時はその時と言うことで」
ナルシズムに沈むかえでに嵯峨はただ呆れるしかなかった。
「そう言うところがかえでの悪いところなんだよ。断る時はちゃんと断る。これが大事なの……と言うかうらやましい!」
『駄目人間』としてまるでモテない嵯峨にとってモテまくるかえでは義娘ながら羨望の的だった。
「じゃあその恰好をなんとかしてください!モテたければまずそこから始めるのが第一歩ですよ」
かえでから見ても今の嵯峨はただの薄汚いおっさんにしか見えなかった。
「またそこに戻るのか……いいだろ?俺がモテなくてもお前さんは困らないんだから。金が無いと必然的にこういう格好になるの!世の中の庶民はそうして暮らしてるってどうしてわからないかなあ」
半分やけ気味に嵯峨はそう言った。
そんなふざけたやり取りをしながらも、青年将校のように凛々しくも見えるかえでの面立ちを見ながら嵯峨は義娘が成長したと感じていた。