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第150話 意外に甘党だった『駄目人間』

『……八ツ橋……美味しい。隊長もああ見えて意外に甘いものもいける口だったんですね』 

 画面は無人だが、そんなつぶやきが通信端末から漏れてきたのを聞くとかなめは画面を操舵手のルカ・ヘス中尉の画面へと切り替えた。

 そこではすっかり休憩モードで日本茶をすする運用艦『ふさ』総舵手のルカ・ヘス中尉をはじめとするブリッジクルーの面々にかなめのタレ目がさらにタレて見つめていた。

「オメエ等、露骨に休憩するなよ!一応ここは戦闘区域なんだぞ!」 

 こちらは死体と一緒に戦場にいる気満々のかなめ達を無視してのんびりとお茶を飲むルカ達にかなめは怒りを爆発させた。それでも自称『走り屋』でマイペースで知られるルカは別に気にする様子もなく生八つ橋を口に運んでいた。

『ごめん……。甲武名産生八ツ橋が届いたから。それに……』 

 誠は届いた土産のセンスがなぜ生八つ橋なのかが気になって仕方が無かった。確かに公家の国である甲武の名産である生八つ橋は東和でも有名だったが、酒飲みの嵯峨のチョイスとしては少し信じがたいものだった。

「帰ってたんか?叔父貴。アレが遊郭にも寄らずにまっすぐ帰ってくるとは……お袋に説教されたな。いや、それ以前に保護者の茜があっちこっちに連絡を取って叔父貴に遊郭に寄るような金を渡さないように手配したんだろ。叔父貴は完全に支配されてるな、娘に」 

 嵯峨の話題が出るとかなめは嵯峨がただ一人世界で頭が上がらないかなめの母、康子に叱責されている様を想像して誠は苦笑いを浮かべた。それと同時に嵯峨が帰ってきてからまた法術特捜主席捜査官である娘の嵯峨茜警部に説教されている状況まで脳裏に浮かんできた。

『隊長はまだ到着してない。出発前に先にお土産を送るって連絡が着て多賀港に直接届いた。生八ツ橋は早く食べないと駄目になる。大丈夫。一人あたり一箱くらいあるから』 

 口下手なルカはそう言って画面に山のように積み上げられた生八つ橋の入った箱を示して見せた。その圧倒的な量に誠は『駄目人間』のセンスの無さを改めて感じた。

「あの『駄目人間』……一人一箱も生八ツ橋食うかってえの!アタシはいらねえぞ、アタシは甘いものは苦手だからな!アタシは酒飲みなんだ。神前、オメエに一箱やる。食うだろ?」 

 かなめはマスクをしたまま朴訥と話すルカの言葉にあきれ果てたような表情を浮かべた。その後ろに続いて下りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八ツ橋の入ったダンボールが置いてあった。アメリアはうれしそうな表情で狙撃銃を背負いながら走ってきた下士官から八ツ橋の箱を受け取った。

「かなめちゃん……良いこと言うわね。一人一箱がノルマだなんて……そんなに食べたら口の中大変なことになるでしょうが。一つ二つ、お茶うけに食べるからおいしいんじゃないの、これは。でも、これって結構なお値段するからたまに食べるとおいしいのよね。誠ちゃんも好き?」 

 アメリアは手にした箱を脇に抱える。それをかなめと同じく酒飲みのランが珍しい生き物を見るような顔をしながら見つめていた。

「生八ツ橋か……久しく食ってねーな。と言うかあの『駄目人間』が土産を買って来るなんて珍しいことだ。やっぱ、今回の作戦。それなりに難しいものだったと言うことか……」

 ランはそう言って生八つ橋の箱を隊員から受け取った。 

「生八ツ橋は知ってはいるんですけど食べたこと無いんです。おいしいんですか?」

 誠は今にもよだれを垂らしそうなランを見ながら首をひねった。

「ああ、神前は乗り物に弱いから旅行とかしないからは知らないかもしれないな。日本の京都の名産らしいが、甲武の生八ツ橋も有名なんだ。あの国は公家文化の国だから」 

 カウラはそう言うとダンボールから大量の生八ツ橋の箱を取り出す整備兵を苦々しげに見つめている。

「ああ、西園寺に一箱押し付けられているんだな、神前は。私も手伝おう。こう見えても甘いものは好きなんだ」 

 そう言うと隊員が嫌がるかなめに手渡そうとした生八ツ橋の箱を代わりにカウラ受け取った。

「そうね、私も食べてあげるわ」 

 アメリアがそう言うとカウラの手にあるかなめの分の生八ツ橋の包み紙を受け取った。

「おいしいらしいですね。いくら甘いものが苦手だからって……もったいないなあ」 

 誠は甘いものは好きな方なので、酒飲みだからと言う理由で断るかなめの事が理解できなかった。

「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」 

 誠の手を取りアメリアは胸を張る。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアメリアの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。

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