第38話
鳥たちの情報通り、そこは大変に乾燥した土地だった。
乾いた色の砂地が続く。樹木は少ない。
レイヴンは推進を続けながら、生体信号受信モード設定に余念がなかった。トランスミッター・モサヒーの発信スペクトルを社内データベースから検索し、範囲を調整して最優先受信項に押し込む。
そして恐らく──希望的観測に過ぎないにしろ恐らく、程なくしてモサヒー自身も、この地球上でレイヴンが自分の存在を検知しようと試みている事実に気づいてくれるだろう。そもそもモサヒーが送った情報を元にレイヴンはここ地球へ来たのだ。今レイヴンがどこで何を探しているのか、それは見つかったのか、その進捗状況をモサヒー側でも気にかけてくれているのに違いない──希望的観測に過ぎないにしろ違いない。
「あっ」オリュクスが叫ぶ。「レイヴン、あれ! あそこ!」
「ん?」返事はしたもののすぐに視線を向けることのできないレイヴンだった。
「何かいる!」コスが叫び、
「何か来る!」キオスが叫ぶ。
「跳ねてる!」オリュクスは暴れ出さんばかりに興奮していた。「速い! おお!」
「何が?」ようやくレイヴンが動物たちの見ている方向へ注意を向けた刹那、
「ほっ!」
と声がして突風が襲った。
「うわあ!」レイヴンは気流に揉まれ吹き飛び、緊急事態の体で自らの動きを制御しなければならなかった。「な、何だ?」収容籠を触手数本でしっかりと抱えたまま、レイヴンは突風を起こした要因を見定めようと視線を巡らせた。
『要因』とおぼしきものは、そのときすでにはるか遠くへ立ち去っていた。正確に表現すると、跳び去っていた。
「──アカカンガルーか」レイヴンはみるみる小さくなってゆく赤茶色の後ろ姿を見送りつつ呟いた。
「すごい! 速い!」オリュクスが騒ぐ。「レイヴン!」
「──」レイヴンは瞬時にベクトルを切り替えて計算し始めなければならなかった。
「ぼくを出して! ぼく、すぐに追いつけるよ!」
「追いつけるって、今のアカカンガルーにかい?」レイヴンは質問した。「けどあっちはぼくらの目指す方向とは逆だよ」
「でもぼく、すぐに戻って来られるよ!」オリュクスは自分の能力を強く誇示する。
「オリュクス、君はすぐに単独で遠くへ行ってしまうよね」レイヴンは説得を続けた。「今すぐに出してあげることはできない」
「ええっ」オリュクスは不思議なほど衝撃を受けていた。「どうして? どうして出してくれないの?」
「だから、レイヴンが言ったじゃん」コスが呆れたように諭す。「お前がすぐにどこかへ行っちゃうからって」
「でもぼく」
「だめだよオリュクス」キオスもやんちゃ坊主を牽制する。
その時、
「うちのブーマーを見かけませんでしたか?」
と問いかける声がした。
レイヴンと動物たちははっと言葉を閉ざしその方を見た。
そこには数頭のアカカンガルーの群れ──さっき跳び去っていった者よりは小さな体躯の者たちと、その腹部から頭だけを覗かせているさらに小さな者たち──がいた。
「あ、どうも」レイヴンはひとまず挨拶をしてから「ブーマー?」と小さく訊ねた。
「そう、うちの旦那」アカカンガルーの一頭が頷く。「いっつも一人で勝手にどこかへ行っちゃうから大変なの」
「──」レイヴンは思わず収容籠をちらりと見た。籠の中では恐らく、コスとキオスもオリュクスのことをちらりと見たことだろう。「あの、大きな体のアカカンガルーさんなら、あっちの方へ猛スピードで跳んで行きましたよ」レイヴンは触手でその方向を差し示した。
「あっちね」
「ありがとう」
「あなたたち、どこから来たの?」アカカンガルーたちはそれぞれに言葉を口にした。
「ああ、ぼくはレイヴンです。この子たちは仲間で」レイヴンは自己紹介をした。「南極大陸の方から海を越えて来ました」
「まあ」
「そんな遠くから?」
「レイヴン?」
「どこかで聞いたような気がするわ」
「誰かが言ってたかしら」アカカンガルーたちはたちまち話し合いを始めた。
「ええと、マルティコラスという仲間を探しているんです」レイヴンは詳しく説明した。「クジラさんたちが情報を送ってくれたと思いますが」
「そうだわ」アカカンガルーの一頭が尻尾をぴんと伸ばした。「こないだハイイロハヤブサが言ってたじゃない。あれだわ」
「ああ」
「仲間をさがしているっていう」
「双葉じゃない方の」アカカンガルーたちは全員で頷き合った。
「ああ、そうです、それです」レイヴンはたちまち嬉しくなった。「皆さんは双葉を見かけたりしなかったですか?」
「さあ」
「見てないわ」
「多分」アカカンガルーたちは全員で首を振った。
「そうですか。ありがとう」レイヴンはお礼を言って高度を少し上げた。「それじゃあ、お元気で」
「ええ」
「あなたたちも」
「気をつけてね」アカカンガルーの雌たちは尾を振り、進むべき方向へと向かった。
「急ぎましょう」
「ブーマーを追わなきゃ」
「下手をすると海を越えて南極に行っちゃうわ」
そんなことを口にしながら、やはり結構なスピードで跳び去っていく。
レイヴンたちもまた、大陸の内部へと推進を続けた──引き続き、オリュクスを諭したりなだめたりしながら。