トガリのおいしいレストラン
玄関のドアに、小さな看板をかける。
目立つようで目立たない、さして大きくもない看板。
ートガリのお店ー
と、そこには常連の職人さんが彫ってくれた店名が。
「へえ、なかなかいい感じの看板じゃねえか。しかしいいのか? こんなに小さくて」
今日は非番だからって真っ先にここに来てくれたお客さん第一号は、もちろんラザト親方だ。
その手には開店記念の花束……じゃなく、酒の入ったボトル。
「作るのは僕一人だしね、それに酒場にしたくないからそれほどお客さんは来なくてもいいんだ」
「おいおい、新装開店にしちゃずいぶんと控えめな言葉だな。儲けは二の次ってことか」
今のところはね、って僕はラザトに言った。そう、あくまでこれは副業。こっそり大工の職人さんに頼んで、寂れきった僕とラッシュの家……いや、一階の食堂部分を半分だけ改装して、念願のお店をオープンしたんだ。
もちろんラッシュにはナイショ。だってそうでしょ? こんなことあいつに話したりでもしたら「親方の遺してくれた家に手を加える気か?」って頑固なまでに取り合ってくれないことはもはや明白。ラッシュはそういうことにかけては意外に頭が硬いからね。だから水面下でこっそりと……って。
けど、最初にバイト先の親父さんが独立を持ちかけてきてくれたのには驚いたさ「トガリ、おまえ自分の店を持つ気はねえか?」っていきなりだよ。僕だって面食らって、洗ってる最中のパスタ皿落っことしそうになったし。
寡黙だけど、口を開くと結構毒舌な親父さんだ「おまえの作るメシを目当てに来る客ばっかり来やがって」だなんて、それが理由。だからとっととここから出てって店でも建てちまえ。って紹介してくれたのが常連の職人さんたちだったんだ。
そのとき親父さんはなんて言ったと思う?
「こいつをここから追い出すのを手伝ってくれねえか?」だって。真面目な顔して言うもんだから驚いたよ。
ラッシュからこっそりもらった宝石を渡しておこうかなと思ったけど、大っぴらになるのもまた困るから言わずにおいた。強盗にでも入られたら困るしね。
それから例の作物の不作の事件もあってちょっと計画は頓挫していた。僕も突然大臣任命させられたこともあってわたわたしていたからね。
お城の中でルースとタージアにこのことを話すと、オマケにどこからともなくラザトが飛んできたんだ。
「いいんじゃないかな、食堂部分なんてもう僕らしか行かないし、きっと繁盛すると思うよ」
「すごいです! トガリさんの作る料理って食べたことないけど美味って聞いてましたし。大賛成です!」
いやその、タージアは基本的にベジタリアンだったから……ね。
「ほほう、いい話じゃねえか。あのバカ犬の寝床が半分になったって文句言っても俺が黙らせてやる。安心しな」
でも、それ以上に喜んでいた人がいたんだ。
それは……なんと姫様。そう、エセリア姫が!
ラザトの側にこっそりついてきちゃってたみたいで。僕とルースの会話を柱の陰で、そう、ずっと……
「すごいじゃないですかトガリ大臣! 私もその料理とやらをぜひとも口にしたくなってきました」
……いや、心臓が止まるかと思ったさ。けど姫様まで喜んでくれるだなんて、正直意外だった。
それから僕らは一路アラハスへ赴き、料理対決のあとまたラッシュに気づかれずに進めることになるわけなんだけどね。
更には幸運なことに、姫様とラザトの力添えもあって、貴重な食材をまわしてもらえたりとか、ほんと僕はいい人たちに恵まれてるなって思わず泣きそうになっちゃった。
でもって幸運に追い打ちをかけるように、ラッシュたちはイーグやジールを連れてちょっと探索の旅に出るってことで家を空けてくれたし。
これはチャンスってことで、僕らは一気に食堂の改装を進めたんだ。
小ぢんまりとした、椅子とテーブルも三セットしかないレストランだけどね。だけど一人でやるにはちょうどいいくらい。
小柄な僕に合わせて、キッチンも低くセッティングしてもらえた……まさに僕のための食堂だ。
そうそう、旅に同行しなかったパチャとフィンもお手伝いに来てくれるって。それを聞いてとっても嬉しかった。
けどフィンって、お父さんであるラザトのこと憎んでるんじゃなかったっけ……鉢合わせしやしないか、そこだけが心配なんだよね。
と危惧してたら、やはり予想は的中した。フィンがパチャを連れて。
案の定フィンの顔がこわばってた。隣にいたパチャはというと……察しているのかいないのか「フィンの父ちゃん?」っていつものペースだったし。
「あ、あの……僕がバイトとして呼んだんだ、手荒なことするんだったら」
「いや、いい。どうせなら……」と、視線を移さぬまま、ラザトは僕に金貨一枚を手渡した。
「午前中、貸し切りな」って。なるほどそういうことか。
フィンとパチャとラザト。お客は三人。ラザトはパチャと初めて顔合わせしたみたいだしね、この際だから全て話し合っておく気なんだろうな。
まあ別に僕は構わないけどさ……金貨一枚だなんて下手したら僕の酒場での賃金のゆうに数ヶ月分だし。でもお金じゃないことは充分承知だ。
僕にできることは……そうだ、この三人の仲を取り持つ食事を考えなければ、って。
こりゃお客さん一発目から難儀なことになってきた!
……………………
………………
…………
店の奥にある四人掛けのいちばん大きなテーブルには、ラザトと、向いにはフィンとパチャ。
フィンの方は怯えてるのかな……ずうっと目を合わさずに下を向いたままだ。
「……お前とこうやって話すのも久しぶりだな」口火を切ったのはラザトからだった。
「し、知ってて待ってたのか?」
事前にラザトには言われてた。絶対に俺は拳を振るわない。安心しろって。
そう、いまのラザトは酔っぱらいのギルド長とは違う。このリオネングの親衛隊を任された立派な役職付きの人間なんだ。もう自分の身の在りどころは分かっているはず。だからこそ僕もラザトを信じたんだ。
「いや知らん。たまたまだ」と、ラザトはパチャの方へと目を向けた。
「パチャカルーヤ……だったか。確か息子の嫁さんになったとか」
「え、ああ……とはいってもあたいの村の変なしきたりだからね」
ぷっ、とラザトは吹き出した。「だろうな……俺も知る限りじゃそんな奇妙な風習は聞いたことないし」
いきなり笑って返されたからか、向かいの一応の夫婦はちょっと不機嫌そうだった。
今度はフィンの番だ。
「どうせ結婚なんて認めねえって言うんだろ?」
「そりゃそうだ。普通に考えてみろ。どこぞの村の政略結婚でもない限り、この手の不都合なことはあまり首を縦に振りたくないからな」
「じゃいいよ、俺もパチャもリオネング出てやる!」
立ちあがろうとしたフィンに、ラザトはひとこと言い放った。
「まあ待て」って。
「え……じゃあなんで止めるんだよクソ親父!」
酒が入ってないからかどうかは分からないけど、今日のラザトはすごく物静かだった。普段は寝てるか僕らに愚痴話しているかのどちらかしかなかったのに。
「故郷の母さんはどうだ?」
「寝たり起きたりだよ……あまり体調はよくない」
「フィン、お前は……俺が家を捨てたのが元凶だと思ってるだろうな」
「ああ、だから憎いんだ」
やっぱりな。とラザトは背後の窓にかかっていたカーテンを開けた。
「今さらこんなこと言っても、まあ信じてもらえんとも思うけどな」
朝の霧が徐々に消え、雲のすき間から陽の光が店の中に差し込んだ。
フィンの母さんはラザトに捨てられたんじゃない、ラザトが大成するためには今の家に居続けてはいけない。だからこそ母さんはあえてラザトを村から出した……ってラザトは訥々と語ってくれた。
もちろんフィンはウソだ! って激怒してた。パチャはどっちの肩を持とうかあわあわしてたし、僕はといえば……
答えとなる料理を導き出して、一心不乱に作っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
フィンはきょとんとした目で驚いていた。
「ほ、本当かよ……ウソついてねえだろうな!?」
「本当だ。もし信じられねえなら、今から帰って母さんに聞いてみるか?」
つまり、ラザトも結婚した時は似たような境遇だったってこと。
細かいことは聞こえなかったけど、フィンのお母さん……つまりラザトの奥さんとはかなりの年齢差があるみたいだ。要するにフィンとパチャの年齢が逆転したみたいなもの。
そう、ラザトの奥さんはまだ年端も行かないときに半ば強制的に結婚されたんだ。
理由はどうであれ、まだ山奥の村にはそういった婚姻儀礼のあるとこがかなりあるらしい。
そしていつの間にか、フィンもパチャもラザトの話にぐいぐい引き寄せられていったんだ。
そしてそれは、ラザトにも断ることができないほどの鉄の掟。
「ンで、こうして生まれたのがお前だ」
こくんと無言でうなづいてた。とっても若いお母さん。ラザトも自慢だったに違いない。けど……
「だけど、フィンくらいの年齢で子供を産むのって、結構酷なんじゃ……」
「ああ、パチャの言う通りさ。一命は取り留めたものの、母さんはそれで身体を悪くしてな」
「だから……母ちゃんは……」
ラザトはひとこと「そういうわけだ」って。
でもお母さんはラザトを恨むことはしなかった、むしろ自身に至らなさを感じていたらしい。フィンは元気にすくすくと育ったけど……ね。
傭兵ラザトはそれからだんだんと荒れていって、毎日酒ばかり飲むようになってしまった。しかしそれも自身への至らなさから生じたもの。二人の心は離れていって、そして……
「親父は家を捨てた。けど絶対に恨まないでって」
幼いフィンや周りの人達の手助けもあって、母さんは徐々に元気になったみたいだ。そして今は……
「村の力比べで毎回優勝するようになっちゃってさ。男でも太刀打ちできないほどだよ」
「え……」
「マジかよ、フィンの母ちゃんってすっげえんだな!」
けれど、フィンの心の中は複雑。いくら丈夫になったとはいえ、あの時病弱だった母さんを、ラザトは捨てたことには変わりないんだから。
「いつかこの手でぶっ殺してやりたかった。傭兵で腕っぷし強くて、酒飲みで……んでもって右眼が斬られて潰れてるクソ親父のことを」
「そっ……か。だからフィンはずっと……」
一息に言い放った小さな肩を、パチャの滑らかな肌の腕が優しく包んだ。
「ごめんパチャ……こんなバカな理由で」
「いいって。もしあたいの親が飲んだくれて消えちまったりでもしたら、こっちだって絶対ボコボコにしてやったもん」
「ありがとな、パチャ」
なんだろう……絶対乱闘騒ぎになるんだろうなとばかり身構えていたんだけど、すごくしんみりした場になっちゃった。
でも、今さら自分の心づもりを変える気は……ない!
「すまねえな、フィン、そしてパチャ。ずっと逃げ続けちまった俺の心の弱さにも責任はある……二人の姿があの時の俺と母さんにかぶってしまったんだ。だから……」
ラザトの目が、パチャへと向けられた。
「息子と結婚だなんて言ってるが、俺は認めたくない」
「う、うん……」その心の内を、パチャも少なからず感じてはいたみたいだ。フィンもやっぱりそう。察していたみたいな、けど複雑な顔。
「男と女の違いはあるがな。でもフィンはまだガキだ。それにパチャ……お前も結婚なんてクソな考えに捕らわれずに、もっと自由に生きてほしい」
だんだんと三人の顔から険しさが消えていくように見えた。
うれしいな、氷が溶けてきたみたいで。
「パチャ……俺のわがままを聞いてくれないか?」
と、戸惑うパチャに、ラザトはこう言ったんだ。
「おまえの好きで構わない。だが俺としては……こいつのいい姉貴で、友人でいてもらいたいんだ」
「あ、ああ……いいよ、あたいだってフィンに変な気を使わないで済むし、それならば!」
対するフィンもまだ困惑顔だったけどね。でも結婚って考えが抜け落ちて、ちょっぴり安堵していた感じもしたし。
「どうせ村を捨てたんだろ? だったら自由に生きろ。もちろんこのバカを捨てて外の世界へ出ていったって構わない。全部俺が認めるさ」
「親父さん……」
「だけどやっぱり俺にとってはこいつが大事だ。許してくれるなら……」
ラザトは、太い腕でぐいっとフィンの頭を掴んで引き寄せた。
「素敵な仲間でいてくれ。それが俺の願いだ」
⭐︎⭐︎⭐︎
とりあえず大丈夫みたい……かな? フィンの方もてっきり結婚反対とか言われるのかと思ってたら、意外な返答で逆にホッとしたようだし。
そしてパチャも「よかったなフィン、あたいこれから姉ちゃんだからな!」ってフィンをぎゅっと抱きしめてたし。うん、これからいい関係築けたらいいな。
さて、ここからは僕の番だ。
まだギクシャクしているラザトとフィンの仲をとりもつ料理。これしかないって信じたから。
「「「なんだこりゃ?」」」
満を持して出した僕の大皿料理に、三人はすごく驚いてた。
トマトスープに浮かんだ挽肉の詰め物料理、あえてそれはアラハス……つまり僕の故郷でもらった秘伝のソースを駆使して、ちょっぴり辛めに仕上げてある。
でもそれだけじゃ全然普通の料理だ、ここからが僕の腕の見せ所。
「なんで肉料理にクリームが乗っかってるんだ?」パチャが不思議がっている。
「まずは別々に食べてみてくれる?」
手始めにスープ部分はトマトの酸味強め。そして挽肉の詰め物は辛めのこってりとした味わい。
でもってクリームはといえば……実はデザート用に牛乳を濾して練り上げて、さらに蜂蜜を入れて甘く仕立てたもの。
「うっ……全然バラバラじゃんこの味」真逆のとろける甘さに、フィンはうんざり顔を見せていた。でもこれで正解なんだ。
「じゃあ今度は、それを一辺にして食べてくれるかな」
肉詰めにスープをかけて、そしてクリームを乗せて。
口にした途端、今まで怪訝そうな顔をしていた三人の顔が……
みるみるうちに笑顔へと。でもちょっとばかし複雑そうだけどね。
「なんなんだこりゃ……甘じょっぱくて……けどさっぱりした感じ」
「けどなんかやみつきになるね、もっと食べたくなってくるし」
「不思議。なんていうか……三つの味がここまで面白い味になるんだね」
よし! 大成功!!
「食べてみてわかったかな……。酸味と塩気、それに甘さ。みんな別々に食べても普通。だけど一緒に食べるとだんだんと不思議な味わいに変わってくるってことを」
「うん、ほんと面白い味だった。あっという間に全部平らげちゃったし」
そう、それが狙いなんだ。
「三つの味をみんなに喩えたんだ。トマトスープはフィン、肉詰めはラザト、そしてクリームはパチャ。みんなそれぞれの味を主張してる。だけど……」
「考えたなトガリ。この不可思議な料理を俺たちに喩えたとはな」
そう、バラバラでもいい、けどここに奇跡的に三人が集まっているんだ。仲直りとは行かないまでも、この不思議な甘くしょっぱい味みたいに心を合わせてもらいたい。
それが、この料理に秘めたメッセージ。
「親父……」ずっとうつむき加減だったフィンが、はじめてラザトの顔をまっすぐ見て言った。わかる……成功だ!
「こ、これから時間あるときでいいからさ……俺に剣を教えてくれないかな」
その言葉に、ラザトの頬がちょっとだけゆるんだように見えた。
「ちょ! フィンがやるんならあたいにも教えてよ! いいでしょ親衛隊長さん!」そして、パチャも。
「構わないぜ、けど俺はラッシュよりも厳しいからな。覚悟しとくんだぞ」
「え、ラッシュ全然厳しくなかったけど……それ以上に厳しいの?」
「ったりめーだ、あのバカ犬は教えるのがヘタクソだしな」
「だからあたいと勝負した時にボロ負けしたのかな」
「ボロ負けぇ? そりゃ手抜いたんだ。あいつ女には絶対拳は上げない主義だしな」
「マジかよ……だったらあたいもっと強くならなきゃ」
「……どういう理屈だかは分からねえがな。姉貴として頼むぞパチャ」
料理を境に険しさが消えて、いつの間にか和気あいあいと三人はこれからの事を話していた。
よかった……本当によかった。僕もちょっと泣きそうになっちゃったし。
三人とも、これからいい親子で、そしていい姉弟でい続けてもらいたいな。