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第121話 甲武軍部の掛けた『保険』

 誠は食道まで上がってきた胃液をなんとか飲み込むと、指揮を執るアメリアの顔を見つめた。

「僕達が失敗すれば甲武第三艦隊の降下作戦が行われると言うことですよね。それだけで済むんですか?カント将軍はアメリカに手配されてますが、彼が指揮しているキリスト教民兵組織を母体とした政府軍を支えているのはアメリカの支援です。アメリカが黙ってこの状況を見ているとは思えないんですが」 

 誠の言葉にアメリアは一回大きく深呼吸をすると諭すようにゆっくりと言葉を継いだ。

「そうね、簡単に言うとそうだけど隊長も甲武の正規軍の介入は最後の手段と考えているはずよ。まず私達が現在にらみ合っているバルキスタンの政府軍とイスラム反政府勢力の衝突を止めるのが一番目の策。それが駄目なら『ふさ』による直接介入と反政府勢力の決起で仕事が無くなった甲武の特殊部隊による首都制圧作戦を展開する。これが二番目の作戦」 

 『ふさ』による降下作戦すら実際は避けたい。誠はそう思ってアメリアの話を聞いていた。

「だが、二番目の作戦は同盟にとっては大きな失点になるな。現在反政府勢力の浸透作戦が展開中で派遣されている同盟軍は孤立している部隊も出ているそうだ。政府軍寄りといわれている派遣部隊が総攻撃を喰らえばかなりの死傷者が出るだろう。当然そうなれば今度のバルキスタンの選挙は良くて無期延期。悪ければ地球の非難を覚悟してカント将軍に代わる政権の担い手をむりやり擁立しなければならない。当然そうなればすべての和平合意は白紙に戻される」 

 エメラルドグリーンの前髪を払いながらカウラは厳しい視線を誠に向ける。

「そして最悪の展開はそれも失敗に終わった時。『妙高』から降下した甲武自慢のシュツルム・パンツァー部隊による両勢力の完全制圧作戦の発動すると。間違いなく地球諸国は同盟への非難決議や制裁措置の発動にまで発展するわね。遼州でただ一国、甲武だけが自分達の意に沿う行動を取った。それ以外の国はすべてテロリストの擁護者に過ぎなかった。そう言って甲武の地球圏の資産凍結は解禁され、他の遼州同盟加盟国の資産が凍結される。得をするのは甲武だけ……まあ、甲武の荘園領主で資産家のかなめちゃんには都合がいいかもしれないけど」

 甲武と同盟加盟国の首脳であるカント将軍との衝突。それは遼州同盟にとってはかなりの痛手になることは誠にも分かった。

「それにやけを起こしたバルキスタンの反政府武装勢力が以前の東モスレム紛争の時と同じく包囲された同盟諸国の兵士の公開処刑とか……まああんまり見たくもない状況を見る羽目に陥りそうね。それを理由に遼州同盟は無力と言うことで米帝が押っ取り刀で駆けつける。再び遼州は戦乱の時代に戻される訳。最悪ね」 

 淡々とそう言ったあとアメリアは座っている椅子の背もたれに体を預けて伸びをした。

「つまりアタシ等が失敗すれば大変なことになるってことだろ?じゃあ05式広域なんたらで、全部吹き飛ばして消しちまえば良い。簡単なことじゃねえか。おい! 神前!」 

 かなめの叫び声に誠が顔をあげた。

「成功したらいいものあげるからがんばれや」 

 そんな投げやりな言い方に誠は立ち上がってかなめを見つめた。言葉のわりにかなめの目は真剣だった。

「デート?それとも……わかったわ! 首にリボンだけの格好で現れて『プレゼントは私!』とか言うつもりでしょ?」 

 アメリアが含み笑いをするのを見てかなめがそっぽを向く。

「図星か……」 

 呆れたようにカウラが誠を見つめる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら目が殺気を帯びているアメリアとカウラを見渡していた。

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