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アリクイの戦士

「早く! 急ぐだヌ! こっちだヌ!」
トガリをずんぐりむっくりにしたような真っ黒な毛並みの体型。背中から見るに猫背っぽいような、こいつ首ついてるのか? って思えるほどだ。
そして……とにかく尻尾が長い毛に覆われてて、おまけに長い。
そんな不釣り合いな姿だというのに、走るスピードはかなりのもんだから、ジャノとチビを背負っている俺も一苦労だ。
ジールはといえば、イーグを探すってんで振り向いた途端に姿を消していた。大丈夫。あいつなら見つからずに済むだろう。
「あれは……もしや」と、前を行くマティエがボソリとつぶやいてだけど、まあこいつも放っておいて。

大急ぎで路地を抜けて、岩山の裏へ入って……出た先は崖の下だった。
「こっちだヌ」元は干上がった池だろうか、やや窪んだ場所に空いた穴からまたあの長い爪が来いと招いている。強引に身体を滑り込ませないとマジで突っかかって出られないほどの小さな穴だが……しょうがない。

土埃まみれになりながらも潜ったその先は、うん。思った通りだ。
「ここなら大丈夫だヌ。元は閉鎖された廃鉱っぽいんだヌ」
こいつ独特の話し方だな、しかもなんでヌなんていうんだか。
と、例の言葉の主は松明に火をつけた。どこからか冷たい風が吹いてきているし、息苦しさはほとんどない。

「やはり……アンティータ族か。初めて目にした」
火に照らし出された奴の姿を目にして、マティエが確信の言葉をぽつり。
「アンティータ……って、なんだ?」
「お兄さん正解だヌ。察しの通り僕はここから南に行ったアンティータ族なんだヌ」
マティエは苦い顔で「女だ」と言ったが、当の本人には全然聞こえてなかったようだ。
だけどこいつ……見ればみるほどわけわからねー姿してる。
とにかく頭が細い。垂れ下がった木の枝に、ナニ考えてるかわからないまん丸の目玉と小さな耳。時おり口元らしき先端からはちょろっと細長い舌が顔を出している。
ぽっちゃりとした胴体からは、やはり不釣り合いに太く大きな腕。おそらく俺と同じくらいの太さかも。そして短い脚。こんなんでよく早く走れたなと思うほどに。
なんて思ってたら、ジャノが苦しそうに浅い呼吸を繰り返しはじめた。
「熱病かヌ? 薬は無いけどとりあえずこの奥に冷たい湧き水が出ているからそこで身体を冷やすといいかも知れないんだヌ」
「悪いな、えっと……アンティータだっけか?」
「名前はちゃんとあるだヌ。チャチャポヤス・クルエルエスターナっていうんだヌ」

悪い、長すぎて頭に入らなかった。

「そちらさんの名前は知ってるだヌ。傭兵のラッシュはアンティータでも有名なんだヌ」
光栄だな。と俺はジャノをひとまず奥の小さな池に浸した。
とはいえこんなのは応急処置にすぎない。一刻も早くこいつを……いや、イーグとジールも気がかりだし、くそっ! 一体どうすればいいんだ……!

「チャチャポヤスとかいったな。話してもらおうか。貴殿がなぜこんな場所に一人でいるのか。それとこの街のことについても……な」
持ってきたザックから鎧を取り出し、マティエは戦闘準備をはじめた。

そうだな……まだまだこいつが罠を仕掛けているのかも知れないし。信用するには、というかこいつのぬぼーっとした目、全然悪い奴には見えてこないんだけどな。
「分かったんだヌ。じゃ全て話すんだヌお兄さん」
「……私は女だ」

とは言うものの、チャチャの顔には全く変化がなかったし。
こいつ、感情あるのか……?

独特の言葉遣いが気になるけど、これはこいつ……つまりアンティータ族特有の口の形が影響しているんだそうだ。
よく見てみると、こいつの口はめちゃくちゃ細くて長い。花の蜜を吸う昆虫の口みたいだ。でもってそれ以上に舌がひょろ長い。
喋るときにはこの舌がチョロチョロ出てくるもんだから、結果としてヌって言ってしまうんだとか。まあ理由さえ分かればさして気にすることもなくなったし。
「成人の儀を終えて、お下がりのパパの武器を新調してもらうためにここに来たんだヌ。でもなんか街の人の様子がおかしくって」そう言ってチャチャは自分の武器を見せてくれた。
いや、こいつのは……武器というか、肩まで覆う巨大な腕鎧だ。それに手指を模した長く鋭い刃の爪が並んでいる。それに関節部分は鋭くエッジが伸びていて、そう、これそのものが立派な武器になっていたんだ。
「故郷ではこれで穴掘ったりもするんだヌ。いまみんなが来た抜け穴も僕が掘ったんだヌ。そしたらここ、閉鎖された坑道があったわけだヌ」
なるほどな、だから人の気配が全然しなかったというわけか。とりあえずここなら安全かも知れないヌ……って俺もこいつの口癖がうつっちまった!
んで、やっぱりここで繋がるのは「ラウリスタ」。そうだ、チャチャも同様にまだ見ぬあいつに会うためにこのエズモールに来たわけなんだ。
「チャチャ、お前はなにか知ってるのか?」
マティエの問いかけに、ぼーっとした目でチャチャは答えた。
「僕も詳しくは知らないんだヌ。けど唯一分かることがあるんだヌ。それは……」
と、言い終える前にチャチャの腹がぐごおおお……とすごい音を立てた。
「何か食べるものあるかヌ? 持ち込んできたご飯みんな食べ尽くしちゃってもう三日間水しか飲んでないんだヌ」言った途端、ぺたんと地面に座り込んじまった……なんなんだコイツは。
まあいい、幸いにも馬車から出る時に持ってきたザックの中にシィレで買い込んできた食い物がたくさんあるし。まずはこいつのメシからだ。
「うわあ! すごい美味そうな食事なんだヌ! 感謝だヌ!」
だがあいつは与えたパンや干し肉をかき集めるやいなや、どこからともなく取り出した大きな皿の上に全てぶち撒けちまった。何やってんだコイツ?
さらに、ご自慢の長く鋭い爪で手当たり次第に切り刻み、汲んできた水と共にぐちゃぐちゃに混ぜて……
うん、言っちゃあなんだが、以前チビに食わせた押し麦と乳のあのゲロ臭いアレだ。
瞬く間に、渾然としたスープとも言い難い泥みてえな色の粥がかんせした。
「できただヌ。いただきますだヌ!」
ちゅぽっと、細長い口を粥に突っ込んで……

ぐじゅるじゅぼぼぼぼじゅじゅう〜

なんか吸ってる! しかもやべえ音立ててるし!
俺もそうだが、隣にいたマティエもチビも……うん、気持ち悪そうな顔してる。

ずずずじゅるるじゅじゅっぢゅ〜

やべえ……聞いてるこっちの方も気分悪くなってきた。

じゅごじゅごごごご……ぶじゅるるるる。
「あー! 美味しかったんだヌ。ごちそうさまだヌ!」
「そ、そうか……アンティータは口がほとんど開かないから、ああやってドロドロにしたものしか口に……うぷっ」

マティエ、それを先に言えっつーの。

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