湿原の怪物 その2
別にさっきエイレを殴った罪滅ぼしってわけでもない。ただ「俺らの仕事か?」と思っただけのことだ。
「見ての通りだ、相手は恐らく私たちがパデイラで遭遇した怪物の仲間だろうと推測される」
生きながらにして握りつぶされたり身体を引きちぎるような……相手はかなりの巨体に違いない。それも殺戮そのものを楽しんでいるような感じさえもする。
そう、生き残ったやつらの証言によると、積荷には見向きもせず、ただ殺しまくっただけ。
「頭の中が相当ヤバい……ってことだね」流石にジールもショックを隠せなかったみたいだ、まだ顔色が悪い。
「別にかわいい元部下たちを守りたいわけじゃない……だがこの怪物は人間の度量を凌駕した存在であることだけは確かだ。だから……」
今さら嫌だとは言えないしな。それにここ最近俺も全然戦いとはご無沙汰だったし、正直身体の芯から熱い血が湧き出てくるのが感じられる。
「悪いな、報酬に関してはまた改めて進言させてもらう」
「んあ? 別にカネなんか必要ねーよ」
そうはいかない。とマティエは俺の言葉をさえぎった。キチンともらうものはもらっておけ。さもないとそれが癖になってしまうから……だそうだ。
「いつかラッシュにも分かるさ。無償ほどタチの悪い案件はないからな」イーグも同様のこと言ったけど……そうなのか?
……………………
………………
…………
別の厄介な仕事が増えちまったわけだが、速攻で済ませちまえばいいことだ。
もちろんチビを連れて行くわけにはいかないから、ジャノと共に宿屋に預けておくことにした。
「なんでさー、俺も連れてってくれたっていいだろ?」
「相手はやべえ奴なんだ、生きたまま身体をバラバラに引きちぎるくらいのな」
「そんなバケモノいるんだったら俺も見てみたい!」
「危険だから来るな!」
押し問答の末、しぶしぶジャノは納得してくれた。生命の保障かできない仕事だ、それにチビを一人にするわけにもいかない。この前みたいに付け狙われている可能性もある、だからこそジャノをそばに置いておかなければ。
「俺がいなくなってもびーびー泣くんじゃねえぞ」と、俺は泣きそうな顔のチビをぎゅっと抱きしめた。もちろん今生の別れにはしたくないからな。
明け方まで待つ暇なんかない。準備もそこそこに、俺とマティエ、それにイーグとジールはあてがわれた馬に乗って向かおうとした……そんな時だった。
「ラ……ラッシュさん!」
見送りに集まった群衆の中から飛び出てきたのは他でもない、エイレだった。
大急ぎでここに来たからか、肩で大きく息をしている。
しかし一体なにしに……?
「え、いや、あの、その……ですね、あ、別に殴られたことは全然根に持ってないですし恨んでもないですので」
ああああもう、こいつのうじうじした話し方聞いててイライラ来る!
もう一度殴りたい気持ちをぐっと抑えて、俺はエイレの話を我慢して聞いた。
「じじ、実はお願いしたいことが……」
「いいから手短に言ってくれねえか?」ヤバい、拳が暴発しそうだ。
だが、こいつの口から出た言葉は、俺が思っていた以上にヤバいものだった。
「ラッシュさん……僕はあなたの生き様を書きたいんです!」
……はい?