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イーグ夫人

驚いた。すっげえ雷と雨が通った後にイーグが奥さんとチビ連れて家族全員でここに駆け込んできたもんだから、俺もマティエも思わず身構えちまったし。
なんでも、広場でチビたちを狙ってた人間じゃない奴らがいた……って。うん、全然言ってることが分からない。
「つーかなんでお前がこんなとこにいるんだよ!」
「悪かったな」
あっという間にイーグとマティエの睨み合いがはじまった。

しかし、イーグ達についていく最中に詳しく聞いたはいいんだけど、なんかもう謎だらけだ。
人間じゃない奴っていうのは過去の事例からしてある程度見当はつく。
そうだ、以前城の中で暴れたバケモノ。騎士団長に巣食ってたアレだ。つまりは……いつものマシャンヴァルの差し向けた奴らってことだ。
しかしもうひとつ問題が。
……………………
………………
…………

「わからないのよ〜、私がここから居なくなるまでは確かにあったのに」
二人が人間もどきと争った路地裏に着いたはいいんだが、そこには服と皮だけが残されていた。
血も、骨もない。
「こう、首をゴキって……確かに手応えあったのにね」
と、イーグの奥さんであるイローナって女がずっと説明してくれているんだけど。
……この女がみんな倒したのか? しかもお腹大きくなってるし、すごいおっとりした話し方しててずっと笑みを絶やさないし、正直こいつが四人のマシャンヴァルの暗殺者を倒したには到底思えない。
言い方悪いかも知れないが、ずっと故郷でちょうちょしか捕まえたことがないくらいの。
「イーグ……いや、旦那さんが倒したのではなく、か?」おそらく城に報告するためだろうか、ようやく真剣な目を取り戻したマティエが、羽根のペンを片手に何かいろいろ記していた。
「ええ、私がここで待ち構えてた黒ずくめの連中を」
「イローナの言ってることは本当だ、俺っちは一人しかやってねえし」
そうよ、ふふっとイーグの奥さんはまた笑って返してくれた。
首をかき切ったのにもかかわらず血は一滴も流れず、あろうことか関節外して剣を振り回すわで……そうだな、こんなヤベエこと人間じゃ出来るわけない。

奴らの遺したものをひとまとめにして、ひとりマティエは城へと戻って行った。
本来ならこんな街中で暴漢を返り討ちにして全員殺しちまったなんて重罪にも等しいが、運良く大雨のおかげで周りに誰もいなかったこと、それに人間じゃない……ってよくわからん理由に達したから、イーグも奥さんも罪に問われることはないだろうとのことだ。ちょっとホッとした。

しかしなあ……
「イーグ、お前の奥さんってなんでそんなに強えんだ?」
帰り道、イローナに聞こえないようにヒソヒソと。
「ああ、それな……」なんて、イーグもちょっとここで話すのはマズそうな顔してたし。

そのまま俺は泊まる予定だったチビを連れて、肩車で家へと戻っていった。
チビはマシャンヴァルに狙われている……やはりネネルが話していた通りだったのかもな。
しかしこいつを捕らえていったいどうする気なんだ? ますます謎は深まるばかりだ。
まあいい、いつかあのおてんば姫に会えた時にでも問い詰めてやるか。

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