熱にうなされ
窓からまぶしい朝日が差し込んで、目が覚めた。
あれ、俺のいる部屋ってこんなに片付いてたか? なんて思ってチビを起こそうとしたが、いつも隣にいるはずなのに、俺と同じく寝坊するあいつがいない。
おまけにどっかの宿屋かと思うほどにベッドやシーツまできれいに仕上がってるし。
俺、スーレイから帰ってきてたよな? でもここは俺の部屋だよな?
なんだっけ、その前に何をやっていたのかすら思い出せない。そうやってあれこれ悩んでいるうちに、部屋のドアを勢いよく開けてジャノが飛び込んできた。
「まーだ寝てんのかよ兄貴。おっ父もおっ母もチビも食堂で待ってるよ!」
開いたドアの先から、焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。
直後に俺の腹の虫もぐうと鳴る。正直だないつも。
歩いても全然軋まない階段。しかもホコリひとつ積もっちゃいない。
しかも天井からはまばゆい光が差し込んでるし。
俺んちのようでそうじゃない。しかしそうじゃなくても俺の家だ。
だんだんと濃さを増してくる匂いは、トガリの得意とするトマトの煮込みの特徴的なアレじゃない。少しレモンの匂いに、玉ねぎと肉詰めの加わった美味しそうな香り。
「おはようラッシュ。相変わらずねぼすけだね」
黒い毛に丸みを帯びた耳、スラリとした身体に長い尻尾。
こいつ……そうだ、ジェッサだ!
砂漠で会ったジャノの母ちゃんだ!
でもなんでこんなとこにいるんだよ……しかも隣にいるのは。
「ようやく起きたかラッシュ。メシが冷めちまうぞ」
え、おやかた……親方がなんでここに!?
「親方……?」しかし頭は禿げちゃいないし腹だって太鼓腹じゃない。筋骨隆々の現役当時。俺をいつもしごいてた頃の親方だ!
「はぁ? なんだいきなり親方って。いつもは親父って言ってるのに」
「おっ父、メシの時に煙ふかすんじゃないって何度言ったら分かるんだよ!」と、ジャノが不機嫌な顔で親方に口を出した。
だまされているのか俺は。まだズパさんの幻覚の中なのか?
恐る恐る腰掛けると、待ってたかのようにチビがぴょこんと俺のひざに飛び乗ってきた。「おとうたん、おはよ」って。
「よお、今日はずいぶんと豪勢な朝メシだな」
「そりゃそうよ、一家の稼ぎ頭のラッシュが久しぶりに帰ってきたんだからね」
両親……いや、親方とジェッサは俺の向かい、今まで俺に見せたことのないとろけそうな笑顔で会話している。
そうだ、これまぎれもなく夫婦だ!
「なんかおかしいかいラッシュ? じろじろ見ちゃってさ」
「え、いや、おやか……親父とすっげ仲いいからさ」
「バカやろ、夫婦仲いいのがそんなにおかしいのか?」
「そ、そうじゃなく……て」
すげえ美味いパンなのに、まるで新婚そのままな二人の姿を見続けているうちに、全然味すらしなくなってきた。
チビもジャノも、妙にきれいな食べ方してるし。
肉詰めとたっぷりの野菜で煮込まれた……ポトフとかいうんだっけ。すげえ澄んだ味してる。つまりは優しい味。トガリの作ってくれたメシうまいが。これは……なんていうか、今まで経験したことのないうまさなんだ。
汁に浸して柔らかくしたパンを、チビはにこにこ笑顔で食っている。
「おいしいね」って。ああ、屈託のないいつものチビの顔なのに、これも初めて見る感じがした。
……つーか、今リオネングは食料自体がヤバいはずなのに、なぜこんなにうまいメシができるんだ?
つまりこれは……幻覚? もしくは夢?
「ラッシュ、ちょっと話があるんだが、ここでいいか?」
ジェッサの注いだコーヒーを一口すすった親方が、急に厳しい目で俺にそう告げてきた。