第37話
「ところで君たちは」推進を続ける中、不意にカモメの一羽が訊ねてきた。「仲間を探しに地球へ来たっていう話だけど、地球にその仲間がいるっていうのはどうやって知ったんだい?」
「ああ」レイヴンは一瞬考え込んだ。
会社の機密情報を暴露することは規則に抵触する、無論すぐにそう判断できる。
しかし。
現状──これは通常通りの業務遂行途上であるとは、言い難い。何しろ自分はギルドにより捕獲対象となっているらしいし、そのギルドはどうやらどのようにしてか、うちの星の動物を一頭、あるいは数頭、すでに捕まえているらしいし、そして何といっても今自分たちの周りにいる鳥たちは身を呈して自分たちを護ってくれている、恩人だ。
恩──レイヴンは自分がそんな想いを、それも驚くことに地球の、この地球に住む生き物に対して抱くことが、なかば信じられずにいた。だが事実そうだ。
自分は今、この地球産動物たちに恩義を感じており、彼らに何かの形でお礼をしたいと思っている。
ならばこの緊急事態において、彼らの望む情報を知っている限り開示することに、自分はやぶさかである理由がないのだ。
「ここ、地球でもそうだけど……どこの星でも、異星から来た生物について密かに記録したり、たまに保護管理したりしている機関が、存在しているんだ」
「異星の生物を?」鳥たちは驚いたようだった。
「そう」レイヴンはしずかに頷いた。「それらの多くは、ギルド──タイム・クルセイダーズのような組織が運搬中に何らかの事故を起こして、宇宙に散らばってしまったものなんだけどね」
「事故」
「怖いな」
「動物たちは大丈夫なのか?」
「うん……非常に残念なことに、命を落としてしまう動物も、少なくはないよ」レイヴンは俯きながら答えた。「でもそういった動物たちを、言葉は悪いけど拾い集めている者たちも、いるんだ」
「おお」
「偉いな」
「それはタイム・クルセイダーズとは別の組織なのか?」
「ああ」レイヴンは鳥たちに目を上げた。「通称、アステロイダーズと呼ばれている」
「アステロイダーズ?」
「小惑星隊?」鳥たちは飛びながら首を傾げた。
「そう、その通り」レイヴンは少しだけ笑った。「何故か、各銀河に散らばる小惑星一個に一体ずつ、常駐してる──つまり住んでいる者たちなんだ」
「ほう」
「へえ」
「ふうん」鳥たちにとっては初めて聞く情報なのだろう、皆面白そうに聞き耳を立てている。
「そのアステロイダーズたちが、浮遊している動物たち──もちろんそのままの状態ではなく遺伝子コードを凝縮された形態だけど、彼らを保護してくれている。ただ、小惑星上ではその動物を、元の姿に戻したり育てたりすることはできないから、最寄りの惑星に置いて行くんだ」
「そうか」
「それで動物たちの元いた星の、たとえばレイヴン、君たちのような者に、それを報せるんだね」
「ああ……」レイヴンは触手を少し振った。「そうでは、ないんだ。アステロイダーズというのは確かに親切だけれど、彼らがやるのは動物を見つけて保護し、最寄りの惑星に届ける、そこまでなんだ」
「えっ」
「じゃあ、どうやって君たちはそのことを知るんだい?」
「最初の話に戻るんだけどね」レイヴンは引き続きしずかに答える。「どの惑星にも、大概そういった『外部からの侵入者あるいは侵入物』を感知し、追跡し、記録したり捕獲したりするシステムがあるんだ。この地球にも」レイヴンは少しだけ躊躇したが、思い切って続きの言葉を口にした。「人間がそれをやっている」
「ああ」
「そうか」
「人間が」鳥たちはレイヴンが怖れていたのとは違い、ただ素直にそれを受け入れ理解したようだった。
「うん」レイヴンはほっとして触手を緊張から解いた。「そして我が社なんかでは、そういった外宇宙生物研究機関の動きを教えてくれるトランスミッターを各惑星に配置しているんだ──」そこまでの説明をした時、レイヴンは「あっ」と思わず声にした。
「どうした?」鳥たちが気づく。
「我々は聞いてはならないことを聞いてしまったか?」そんな気遣いをする者もいる。
「いや、──そうじゃない」レイヴンは推進を続けていたが、どこか遠くを見ているような、茫然とした雰囲気に包まれていた。「トランス、ミッター……そうだ。彼だ」
「彼?」
「君たちの会社の、トランスミッター氏か?」
「そ」レイヴンは訊いた鳥を素早く見た。「そう! モサヒーだ!」
「モサヒー?」鳥たちは飛びながら再び首を傾げる。「君のとこのトランスミッター?」
「ああ、そうだ。彼はこの地球で、今も、政治経済民衆軍部、あらゆる情報に目を光らせてくれている。彼だ。彼に訊こう」レイヴンはくるくると猛スピードで触手を振り回し蠢かした。「どうして思い付かなかったんだ」
「そうか」
「仲間と連絡を取るんだな」
「うまくいくといいな」
「そして折しも私らは」
「ここまでの同行だ」鳥たちは喜びの声とともに、突然の決別をレイヴンに告げた。
「えっ」レイヴンは一気に興奮から引き下ろされた。「ここまでだって? どうして」
「ほら、あれを見ろ」鳥の一羽が進む方向を嘴で差す。「見えてきた」
「え──」レイヴンもその方を見た。
示された方向、水平線の上に、乾いた土色の陸地がひそやかに姿を現していた。
「オーストラレーシアだ」
「大分乾燥した土地だ」
「しばらくの間はあまり動物に会うこともないだろう」
「だから双葉たちもそこには来ていないことと思うが」
「用心に超したことはない」
「気をつけて行け」鳥たちが見送りの言葉を言う。
「ああ」レイヴンは感動に包まれながら幾度も振り返った。「ありがとう。本当に。皆さんも、どうかお元気で。ありがとう。さようなら」
そしてレイヴンと収容籠は、鳥の群れから離れ、新たなる大陸へ向かった。