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第37話 ヌード

「ん……」

 瞼を開くと、天井が見えた。
 体を包む感触から、ベッドの上で寝かされているのだとわかる。

「目が覚めたかい?」

 声の方を向くと、椅子に座り、退屈そうに本を読むヴィヴィの姿があった。
 右足首には包帯を巻いている。

「ここは、もしかしてお前の家か?」

 樹海に入る前にヴィヴィの家を訪れた際、玄関からチラッと見えた居間がこんな景色だった気がする。

「そうだよ。すまないね……医者に診せられなくて」
「いいや、理由はわかっている。利口な判断だよ」

 こんなボロボロの姿を見せたらどこで何をやっていたか問い詰められる。もし、危険指定区域に入ったことがバレたら最悪だ。
 ヴィヴィの判断は正しい。

「お前が手当てしてくれたのか?」
「まぁね。傷口に医療用ポーションを塗りたくっただけだけど」
「フラムとアランは?」
「私たちのご飯を買いに行ってくれている」
「俺が気絶してからどれくらい()った?」
「5時間ぐらいだね」

 だとしたら、ちょうど昼頃か。

「君には今回、本当に世話になったね」

 ヴィヴィは読んでいた本を閉じる。

「なにかご褒美をあげようか。欲しい物、もしくはやってほしいことはあるかな?」

 どこか余裕というか、上から目線のヴィヴィの態度に苛立ちを覚えた俺は、斜め上の回答をすることに決めた。

「お前のヌードを描かせてくれ」

 ヴィヴィは手から本を滑り落とした。よし、俺の勝ちだ。

「冗談だ」
「わ、笑えない冗談だね……!」

 ヴィヴィは本を拾い、本を使って鼻から下を隠す。

「ふむ」

 なにか考えている様子だ。

「悪くない提案だ」
「は?」

 今度は俺が動揺してしまった。

「待った。今のは冗談だって……」
「冗談だろうが一度言ったことは引っ込められないよ? 以前からヌードモデルはやってみたいと考えていたんだ」

 ヴィヴィはいたずらっ子な笑みを浮かべている。

「服とは寒さを凌ぐだけのモノじゃないと私は考えている。服とは壁だ。他人と自身を隔てる壁。この壁をとっぱらい、他人に自身の裸体を描いてもらう。それがもし実現できたのなら……少なくとも私は、1人の人間に全幅の信頼を寄せることができた、ということになる」
「すまん。いまいち言ってることがわからん」
「――自身のヌードを誰かに描いてもらう。私はそれを、とても素敵なことだと捉えている、ということだ。私にとってヌードデッサンとは、肉体ではなく、心のセックスとでも言うのかな」
「え? なんだお前、俺とセックスがしたいのか? ――ごはっ!?」

 本の角が俺の鼻に激突する。

「け、けが人だぞ……!」
「ヌードのことは忘れたまえ。どうやら私は君を買いかぶっていたらしい」

 ヴィヴィはまた本を開き、読みだした。どうやら怒らせてしまったようだ。

「お邪魔するよ」
「美味しそうな肉まん買ってきましたよ」

 玄関扉が開いて、フラムとアランが入ってきた。
 フラムとアランは俺の姿を発見すると、走り出した。

「イロハさん!」
「イロハ君!」

 駆け寄ってくる2人を、俺が笑顔で迎えると、まずフラムの小さな拳が頬を捉え、アランの鋼鉄の拳がわき腹を捉えた。

「ごはっ!? な、なにをするんだお2人さん……!」
「ジブンたちに黙って無茶した罰です」
「ホントはこれでも殴り足りないぐらいだよ?  風神丸もボロボロにされたんだからね?」
「……そ、それを言うならヴィヴィもだろ……」
「案ずるなイロハ君。私もデコピンを受けた」

 俺はパンチなんだが? 男女差別だろコレは!
 それから食事をして、落ち着いたところで今後の段取りについての話になった。

「明日さっそく、オーロラフルーツの種を錬成する」

 ヴィヴィが話を切り出す。

「しかしヴィヴィさんもイロハ君もそんな調子なのに錬成なんてできるの? 僕は錬金術下手だし、フラムさんは上手く作れても爆弾になってしまう」

 フラムは申し訳なさそうに後頭部をさする。

「自然治癒能力を大幅に上げる特製のポーションを使ったからね。明日には私もイロハ君も完治とまではいかずとも、普通に動けるぐらいには回復するだろう。錬成はこっちに任せてくれ」
「凄いね。さすがヴィヴィさん」

 道理で、痛みが引くのが早いと思った。

「アラン君とフラム君には明日までに錬金窯を準備してほしい。大型のやつね」
「わかった。僕たちに任せて」

 フラムとアランはヴィヴィの指令を果たすため家を出た。

「俺は家に帰るよ。今日ここに泊まるわけにはいかないしな」
「そうかい」

 俺は立ち上がり、玄関に向かう。

「イロハ君」
「なんだよ」
「明日、助手を頼めるかい?」

 助手? と俺が聞き返すと、ヴィヴィは頷いた。

「錬金術において、私には大きな弱点がある。言わなくてもわかると思うが、色彩識別能力の欠如だ」

 ヴィヴィは世界をセピア色でしか見えない。
 錬金術は窯の中、合金液(メタルポーション)の色で判断できることが多い。だがヴィヴィは鼻の良さとヘルメスで得た知識を使うことで色に頼らず優れた錬金術を行使することができた。

 そのヴィヴィが、もし色彩能力を手に入れたら――考えるだけでゾッとする。

「君が助手につけば、私は最強だ」

 ヴィヴィは自信満々に言う。
 ヴィヴィの眼が、ここ一番と言わんばかりに燃えていた。
 どうやら拒否する権利は無さそうだ。
 ふと思う。コイツはもしかしたら、俺が色彩能力者だと知った時から、この展開を、俺を助手にすることを考えていたのかもしれないな。

「いいよ。面白そうだ」

 ヴィヴィは肩を浮かせ、両拳を握りしめ、声を噛み殺して喜んだ。
 コイツは錬金術オタクだ。錬金術に対しては子供のような反応を見せることが多々ある。俺という助手を得て、自分の錬金術の幅が広がることが嬉しくてたまらないんだろう。

 ヴィヴィとの共同錬成、か。なんでも作れる気がするな。
 俺も俺で、ワクワクしてきた。

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