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第32話 シャインアクア①

 待ち合わせ場所である図書館の一階、窓際の机。
 すでにヴィヴィとフラムは席に座っていた……が、
 様子がおかしい。
 どっちも髪が乱れていて、しかも顔が赤いというか、火照っている?
 それになぜかいつもより席を離しているし、お互い目を合わせない。喧嘩している――っていう感じでもない。付き合いたての男女のようなギクシャクさを感じる。

「ヴィヴィ、フラム。ハートの実は手に入れたぞ」

 声をかけて、ようやく2人は俺とアランに気づいた。

「あっ、よ、良かった。私たちもついさっき、夢魔草を手に入れたところだ……」
「あ、あはは……2人共、さすがですね~」
「「?」」

 俺とアランは目を合わせ、首を傾げる。

「2人共どうしたの? 妙に余所余所しいけど」
「なんか俺たちやらかしたか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「や、やらかしたのは、ジブンです……」

 フラムはヴィヴィをチラチラと見れば、顔を赤くさせていく。
 よくわからないが、とりあえず席に座る。

「……お前らがそのままだと話を進めにくいんだが」
「なにが起こったか話してくれない?」

 アランが優しく促すも、ヴィヴィとフラムは顔を合わせて黙り込む。
 沈黙が10秒続いた時、ヴィヴィが諦めたようにため息をついた。

「……夢魔草はね、厄介な毒を持ってるんだ。毒を取り込んだ相手を、その……はつっ、発情させるんだよ……」

 ヴィヴィは恥ずかしそうに語る。
 俺は茶化すことなく、理知的に話を進める。

「なるほど。それで女子2人で採りに行ったわけか。男子に握らせるのは危険だし、女子2人ならたとえ発情したところで、目の前には同性しかいない。問題ないじゃないか」

 同性相手ならそういった趣向を持たない限り、発情したところでどうこうしようとは思わないはず。

「私もそう思っていた。でも……甘かった。夢魔草を採集する時、フラム君が誤って夢魔草の葉で指を切っちゃって、毒を取り込んでしまったんだ……」

 そういえばフラムの右手中指に包帯が巻いてあるな。

「……夢魔草の毒による発情作用は、思っていたよりも強力で……同性だとかお構いなしに……フラム君が、私を襲――」

 口ごもるヴィヴィ。
 うん、事情は飲み込めた。
 毒を受け、発情したフラムがヴィヴィに性的アプローチをしたわけだ。どこまでやったかはわからないけど、それで2人はギクシャクしているわけだな。

 もしも、俺とアランの2人で夢魔草を採りに行っていたら――考えたくもないな。背筋に鳥肌が立つ。
 アランが俺にニッコリ笑顔を向けてくる……え? どういう表情?

「とにかくこれでハートの実と夢魔草は揃った。あとはシャインアクアだな」

 夢魔草の話題を続けるのも可哀そうなので、話を次のステップに運ぶ。

「そうだね」
「この3つ以外の素材は手に入ったのか?」
「もう全部揃えてある。シャインアクアさえあれば、オーロラフルーツの種は作れる」
「……」

 ヴィヴィは黙り込んでいるフラムに目を向ける。

「――フラム君、もう気にしなくていいから。君も話に参加したまえ」
「で、でもヴィヴィさん……初めてだったんですよね……?」

 初めて? 一体なにが……いや、詮索するのはやめておこう。

「それはお互い様だし……もう忘れよう。アレはノーカウントだ」
「そ、そうですね……はい、わかりました!」

 フラムはようやく顔を上げた。

「シャインアクアの話ですよね? 図書館に情報はなかったのですから、先生とかに聞いてみるのはどうですかね?」

 俺が言おうとしていた意見をフラムが言ってくれた。

「まずはジョシュア先生から当たってみるか」

 俺が提案する。ヴィヴィは頷き、

「そうだね。もしジョシュア先生が知らなくとも、その分野に詳しい先生を紹介してもらえばいいだろう」

 話がまとまったところで俺たちは席を立った。


 ---


「知ってるぜ」

 モデルファクトリーの研究室で、ジョシュア先生にシャインアクアのことを聞いたら、あっさりと先生はそう答えた。

「シャインアクア。太陽光を当てると金色に輝く水だ。ポーションの材料とかに凄く使えるから結構人気がある水だよ。樹海の中にシャインアクアが湧いている洞窟がある」

 フラムとアランは頬を緩ませ、ヴィヴィはホットと肩をなでおろした。
 しかし、

「残念だったな」

 ジョシュア先生のその一言で、暗雲が立ち込める。

「残念って、どういうことですか?」

 冷静に、ヴィヴィが聞く。

「シャインアクアが湧くノアヴィス洞窟は危険指定区域にあるんだ」
「なんですか、その危険指定区域って」

 俺が質問する。

「凶悪な魔物が生息しているため、生徒の出入りを禁止している区域だ。生徒が無断で入ったら原則、退学処分だ」

 なんだと……。
 それじゃ、俺たちが採りに行くのは不可能じゃないか……。

「……シャインアクアがそこにしかないって、コノハ先生は知ってますか?」

 ヴィヴィが、怒りを込めた声で聞く。

「知ってるに決まってる。アイツは俺より樹海のことには詳しいんだ」

 アランは「やられたね」とため息をつく。
 俺はここにいないコノハ先生を睨みつけるように眉間に皺を寄せる。

「なんで、皆さん怒ってるんですか?」

 フラムは理解が追い付いていない様子。

「シャインアクアが採取できない場所にあることをコノハ先生は知っていた。なのにシャインアクアを必要とする錬成物を課題に出してきた……つまり、コノハ先生は最初っからファクトリーの顧問なんてやる気はなくて、無理難題を吹っ掛けたってことだ」

 俺が説明すると、フラムは「酷いです……!」とヴィヴィやアランと同じく怒りを顔に出す。

「その様子だと、どうやらアイツにおちょくられたようだな……はぁ、まったく、大人げない奴だ相変わらず……」
「ジョシュア先生。シャインアクアの採取をお願いしちゃダメですか?」

 ヴィヴィの打てる最後の一手だな。これを断られたらもう……、

「悪いな。この時期は授業の準備で忙しくて、あそこまで出かけるのは無理だ」

 ジョシュア先生の言葉に嘘はない。なぜなら今もジョシュア先生は書類の山を相手にしながら話を聞いてくれているのだ。

「せっかくハートの実を手に入れたのに、無駄骨だったね」
「また明日、コノハ先生の所へ行ってみましょう! もしかしたら知らなかった可能性だって……」
「それはないだろうな」

 俺は断言する。
 少ししかコノハという人物を見てないが、こういう意地の悪いことを仕掛けるような人物だと思う。

「……ダメ元で、コノハ先生の所へ行くしか、もう道はないだろうね……」

 とヴィヴィは言った。
 結局この問題をどうすることもできず、時間も遅くなってきたので明日の待ち合わせ場所と時間を決めて、俺たちは解散することにした。
 落胆を隠せないアランとフラム。その瞳の色には陰りが見える。

 しかし、ヴィヴィの目がまだ活きた色をしているのを、俺は見逃さなかった。

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