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第40話 月の奇跡

「兎神~、ちょいホールの様子見に行ってくるからカレーよそっておいてくれ」

「うす」

 日曜はバイトが入っている。10時から13時、そこから45分休憩して17時45分まで。合計7時間45分拘束されるわけだ。ただ今日は大運動会があるため、店長に無理言って15時には上がらせてもらえるようになっている。

 大運動会は11時から19時まで配信される。11時から15時までが前半の部、15時から18時半が後半の部、最後の30分は結果発表だ

 ちなみにかるなちゃまは後半の部から参加する。バイト先から全速で帰っても30分はかかるから、最初の方は見はぐるがこればかりは仕方ない。

 と思っていたのだが、

「兎神、今日は14時半に上がっていいぞ」

 ホールから戻ってきた店長は時計を見流して言った。

「え? いいんすか? だって林さんは15時に来るんですよね? 30分ぐらい店長一人になりますけど」

「多分大丈夫だ。今日は客足が少ないからな~。もしかしたらエグゼドライブの大運動会の影響かもしれない。ほら、メイド喫茶の客層とVチューバーの客層って被らんでもないだろう?」

「そうですかね、俺は別にメイドに興味ないっすけど」

「とにかく今日は大丈夫だ。お前の目当ての相手は15時から合流するんだろ? 最初から見てやれよ」

「めっちゃ助かります! 今度、絶対シフト代わりますね」

「おー、助かる」

 見た目もイケメンなのに心までイケメンとは……神様、この人に二物を与えてくれてありがとう。
 俺は見た目にコンプレックスを抱いているタイプなので、イケメンには無条件に憎しみを抱くのだがこの人にはそんな感情一切芽生えない。こういう大人になりたいね、と素直に思える。

 後半戦に最初から参加できるとわかった瞬間、仕事へのモチベーションが段違いに上がった。いつもよりオムライスがふわっふわにできる。飴と鞭だったら飴の方が俺は走れるようだ。


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 帰りのコンビニでいつものように三種の神器(ポテチ・缶コーラ・缶コーヒー)を購入。
 そのせいでちょっと遅れたが、15時15分より大運動会の視聴開始。

『次の種目は“ツトムカート”です。それでは黄色組のかるなちゃまに意気込みを聞きましょう~』

 お! ちょうどかるなちゃまの出番か。ドンピシャのタイミングだな。
 司会はハクアたんと4期生のオーロラちゃんだ。今はハクアたんが仕切っている。

『黄色組のみんな、待たせたね……いよいよエースの登場だよ! 今はビリだけど、ここからかるなちゃまの力で大逆転するから!!』

 黄色組の他のメンバーから『期待してないよ~』、『お荷物の間違いでしょ~』とヤジが飛ぶ。

『皆さ~ん、ヤジはやめてくださ~い』

『どうして同じ組からヤジが飛ぶの!?』

 また黄色組のメンバーから『かるなちゃまはプレイヤーじゃなくてマスコットだから』とヤジが飛ぶ。

『マスコットじゃないです! もう、こうなったら絶対1位になって見返してやります!』

『頑張ってください。それではレースに参りましょう!』

『いまサラッと流したねハクアちゃん!?』

 いよいよレースの準備に入る。
 各組から2人ずつが選抜され、キャラが選ばれレースが始まる。

「いけーっ! かるなちゃまぁ! 頑張れ頑張れかるなちゃま! ファイトだファイトだかるなちゃま!!」

 黄色のハチマキを巻き、両手に黄色のポンポンを持って全力で応援する俺。まだ夜じゃないから妹も大声を出しても怒鳴ってこない。

『ゴール!!』

 白熱のレース展開。
 かるなちゃまの順位は……、

『えー、下馬評通りというか、かるなちゃまは8位(ビリ)でしたね』

 エグゼドライブはゲームが上手い人間が多い。中にはプロゲーマーと()るVチューバーもいるぐらいだ。だからビリでもそう落ち込むことはない。切り替え切り替え!

「次だ次! 次で挽回すればいい!」

 しかし、次のブレシスはもっと実力差が出やすいゲームだ。“ツトムカート”より運要素が少ない。

 ゆえに、かるなちゃまは全敗した。
 かるなちゃまの負けっぷりは凄まじく、視聴者から同情の声が届くほど。

 それから暫くかるなちゃまが参加しない種目が続き、

『それでは次が最後の種目です! ……とその前に、ここで各組の点数と順位を発表します! 第一位、560ポイントで緑組。二位、530ポイントで青組。三位、490ポイントで赤組、四位は470ポイントで黄色組です。
 最終種目の点数分配は一位が100ポイント、二位が50ポイント、三位が20ポイント、四位が0ポイントとなっております。まだどの組にも優勝の可能性が残っているので頑張ってください!」

 最終種目は各組の代表一人が参加する。ゲームは“エグドラすごろく”だ。
 黄色組からはかるなちゃま、緑組からはゲーム巧者のれっちゃんが出てくる。

『悪いねかるなちゃま。同期だけど完膚なきまでに叩き潰させてもらうよ』

『れっちゃんが相手でも負けないよ! ここまでまったくいいところないし……このゲームで名誉返上してみせる!』

『汚名返上、もしくは名誉挽回ね』

 このすごろくはエグゼドライブのメンバーをキャラとして使える。当然、代表者たちは全員自分のキャラを選んだ。れっちゃんはワンチャン勝ちを狙って強キャラを使うと思ったが、ここは空気を読んだようだ。

 どのパネルに止まるかは運だが、ターン毎のミニゲームは実力が出る(運ゲーも4分の1ほどあるけど)。
 れっちゃんはゲームの鬼。ほとんどのミニゲームで勝利した。パネル運は並みだが、カードの使いどころも上手く、他のメンバーを次々と引き離していく。

 結果、終盤戦に入った時点の順位は一位緑組、二位赤組、三位青組、四位黄色組の順番だった。かるなちゃまはビリ、れっちゃんは一位だ。

「……これはもう」

 ファンであるだいふくたちもさすがにもう負けたと思った。だが――

『まだです!』

 どこか流れ作業になっていた空気を、かるなちゃまが一喝する。

『まだ、勝負は終わってません! 逆転の目はあります!!』

『そう、ですね』

 同意したのは司会のハクアたんだ。

『いや、同情で言ってるわけじゃなくて、1を出せば逆転のチャンスはあります』

『あー、なるほどね』

 と納得したのはれっちゃんだ。
 どうやら本当に1を出せばワンチャンあるらしい。

『でもそのパネルに止まるのは無理無理。ルーレットの目は1~10。1が出る確率は10分の1だよ?』

『……絶対、引いて見せます!』

 とは言うものの、

《無理無理》
《たしかに1出せばまだチャンスはあるけど……》
《さすがにもう緑組優勝確定っしょ。風呂入ってくる》

 コメントももう惰性で見てる感じだ。
 そんな淀んだ空気の中、かるなちゃまはルーレットを回す。出た目は――

「うおっ……!?」

 1。

『出た!!』
『凄い! かるなちゃま!!』

 思わず、ガッツポーズで立ちあがる俺。
 コメントも《!?》で埋まる。しかし、

『残念』

 れっちゃんのその言葉と共に、カードが一枚画面に映った。
 このゲームはサポートカードという様々な効果を持つアイテムがある。このサポートカードはイベントで貰えたり、途中で買ったりできる。れっちゃんはそのサポートカード使ったのだ。

W(ダブル)チャンスカード! 自分か他のプレイヤーのルーレットをやり直すことができるカードだよ。残念だったねかるなちゃま、ちゃんと対策済みだよ』

しおり