約束
ダンスを二曲踊った後、レティシアはマティアスに連れられてバルコニーに出た。
夜空には星が輝いていた。レティシアは未来の夢で視た、マティアスとのバルコニーでの出来事を思い出していた。
レティシアは、マティアスに霊獣チップと戦う事を宣言してしまったのだ。
だが今は状況が違う。レティシアたちは敵国に勝利し、穏やかな暮らしを手に入れられるのだ。
マティアスは穏やかな瞳でレティシアを見つめた。
「レティシア、これからどうするのだ?」
「はい。チップと二人で、まずは母の墓まいりに行こうと考えております」
「それは親孝行だな。して、その後は、」
「はい。チップと森で静かに暮らそうかと」
「そうか、」
マティアスはレティシアに向き直った。とても思いつめた顔をしている。
「レティシア。ご母堂の墓まいりが終わったら、またここに戻ってきてくれないだろうか」
「?」
「・・・。つまりだな、」
マティアスは片膝をついてレティシア見上げ、右手を差し出した。
「レティシア、俺と結婚してくれ」
「はっ?」
「・・・。一国の王子の求婚を断るのか?」
「い、いえ。そうではなく、何故王子殿下はわたくしのような卑しい血筋の者などと。王子殿下にはもっと相応しい高貴なお方がいるはずです」
未来の夢では、マティアスはトレント公爵令嬢との結婚が決まっていたのだ。レティシアと結婚したのは敵国を倒すためだけのはずだった。国の危機が去った後、レティシアと結婚する必要性はないはずだ。
マティアスはムッとした顔になり、立ち上がった。
「卑しい者とは何だ。レティシア、そなたは姿も心も美しい。そなた自身を貶める事は、そなたのご母堂をも貶めている事になるのだぞ?二度と言うな」
「!。申し訳ありません。ですが、わたくしは黒い髪に赤目です。王族に赤目が生まれては不吉にございます」
「くだらん迷信だ。そなたが王家の者になれば、赤目として虐げられている者たちが救われるのではないか?」
マティアスの言葉に、レティシアは黙ってしまった。マティアスはため息をついた。
「俺は戦場で、諸国平定の名のもとにたくさんの人間を殺した。殺したどの人間も皆赤い血をしていた。一人として異なる血の者などいなかった。人は等しく平等な同じ人間なのだ」
レティシアはマティアスの横顔を見つめた。マティアスは歴戦の勇者だ。だが、人を殺めて何も感じない冷血感ではないのだ。
「レティシア。血に高貴と卑しいなどという違いがあるのだとしたら、俺を殺そうとした叔父のイエーリも高貴な人間という事になってしまう。己の強欲のために俺の両親を殺し、俺までも殺そうとした人間だ。人の価値とは血筋などでは決してない。これまで歩み生きてきた道がその者の価値を決めるのだ」
マティアスはクルリとレティシアに向き直った。とても不安そうな、小さな子供のような顔だ。
「なぁ、レティシア。そなたは俺の事をどう思っているのだ?」