第199話 それぞれの仕事
「アメリア!遅いわよ!」
誠とかなめが狭い『スカイラインGTR』の後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。
「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」
慌てた様子のサラに向ってアメリアが少し腹を立ててそう言った。
「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」
サラはそう言い残すとそのままハンガーに向けて走り出す。
「どこ行くの?サラ」
「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!新部隊『法術特捜』。茜さんの部下も来てるのよ。ちゃんと歓迎してあげなくちゃ」
とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。
ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。
「おう、神前。着いたのか」
コンロに火をつけていた島田が振り返った。その目の下にクマができており、顔には血の気が無い。
「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」
かなめは冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。
「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」
そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアメリアも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。
「じゃあがんばれや」
それだけ言って立ち去るかなめに誠達はついていく。その先のハンガーには装甲板のはがされたランの『紅兎』が立っていた。
「へえ、ハニカム装甲の間にあの『よくわからないアレ』を差し込むわけか」
かなめは感心した様子で第一装甲のはがされた『紅兎』を見上げた。
「『よくわからないアレ』って……法術を増幅する装置なんですよね」
誠も詳しい説明を受けていなかったので『法術増幅装置』を『よくわからないアレ』としか表現できなかった。
「仕組みが分からねえなら『よくわからないアレ』としか言えねえじゃねえか」
かなめの言葉にツッコんだつもりが逆に言い返された誠はただ黙り込んだ。
「歓迎会は月島屋じゃないんですか?ここでやるんですか?またバーベキューですか?」
誠は自分が配属された時の歓迎会が月島屋で行われたことを思い出してそう言った。
「あれは誠ちゃんがパイロットだからよ。サラ達が運んでいるものを見ればわかるでしょ?」
話題を変えようとした誠の問いにそう返すとアメリアはそのまま事務所につながる階段を上り始める。
「おう、おはよう」
大荷物を抱えたクバルカ・ラン中佐が立っている。いつものように小柄な体と比べて巨大に見えるトランクを引きずっている。
「その様子、出張ですね」
予算の無い『特殊な部隊』では出張もあまり無かった。
「まあな。地球圏の連中が主体となって法術対策部隊の総会をやろうってわけだ。オメーの活躍がアイツ等の目を開かせたんだろーな。西園寺、ジュネーブって行ったことあるか?」
いきなり地球の話題をかなめに振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうとランも思っているんだと誠は再確認した。
「確かにアタシは甲武貴族の特権で国交のない地球には二度言った事が有るが、スイスは機会がねえな。まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」
「そうか。アタシは地球はこれで三回目だけど地球人類が生まれてからは初めてで……よく知らねえんだよなあ……イクチオステガはまだいるのか」
ランはそう言うと髪を軽く撫で付けた。そして、その言っている内容がとんでもないものであることは歴史や地理には詳しくないが地質には詳しい誠を驚かせた。
「そんな原始的両生類が生きていた時代に言ったんですか?まあ、クバルカ中佐は跳べますものね。でももう絶滅しましたよ。まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃないですか?」
誠はランに距離の概念が無いことを思い出してそう言った。
「まあそのなりじゃ無理だな。きっとガキ扱いされるぜ」
それだけ言うと、ムッとした顔のランを置いてかなめが歩き出す。誠達も急いでそのあとに続いた。
誠達は遅刻したのを察して恐る恐る実働部隊事務所のドアを開けた。
「少し遅いのでなくて?」
実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然のように彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。
「さっさと着替えて来いってわけか?」
「そうね。そしてそのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」
そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。
「私も?」
アメリアの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。
「おはよう!神前君、すっかり人気者ね」
そう言ってロッカールームから歩いてきたのはパーラだった。いつも通りどこか浮かない調子で誠に声をかけてくる。
「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんはああ見えては怒ると怖いらしいから」
「まあな。表には出ないがかなり腹黒いしな」
「ダーク茜」
かなめとアメリアが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。
「じゃあ、第一会議室で!」
茜の一にらみに耐えかねて目を反らしたかなめはそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアメリアもその後を追う。
「神前君もも急いだ方がいいわよ」
そう言うとパーラは引きつった笑みを浮かべて去っていく。
誠は急いで男子ロッカー室に入った。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の司法局実働部隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのがここ。誠もそれが理解できて来た。