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第195話 無情なる上官命令

「食事、取ってきて」 

 誠の態度を無視して顔をまじまじと見つめたアメリアがそう言った。

「あの、一応セルフサービスなんですけど」 

 寮長の島田だけが寮生を顎で使っていい。それがこの寮の島田が作った『ルール』だった。

「そんなの関係ないわ。上官命令。取ってきて」 

 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アメリアの気まぐれには一月あまりの付き合いでもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。

「席はアメリアが取っておくと言うことだ」 

 そう言うとカウラは誠に二つのトレーを渡す。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。

「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 

 喫煙所から戻ってきたかなめがさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。

「両手に花かよ、うらやましい(・・・・・・)限りだな」 

 朝食当番の菰田がそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。

「『法術増幅装置』の『紅兎弱×54』に搭載するって話、予算ついたんですか……でも大変そうですね」 

 管理部部長代理として予算管理を担当している菰田に誠は先ほどのアメリアの話を思い出してしてみた。

「まあな、第二装甲板を外すだけだからな。間の特殊素材の発注はそれから先になる……まあ面倒な話だな。また仕事が増えるよ」

 そう言いながら菰田は誠のトレーに乗ったソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 

「装甲を外して……大丈夫なんですか?」 

 誠は菰田のしかめっ面にそう尋ねた。

「大丈夫な訳ねえだろうが。隊長はそのまま欠陥機を放置するのかってことで『法術増幅装置』の導入を強行しようって腹なんだよ……うまくいかなかったらどうするつもりなのかね」

 菰田はそう言うと嫌味な視線を誠に向けてくる。

「まあ、神前のあの『剣』のおかげで上層部連中もこれまでの要請を無視できなくなったんだろう……でもまあ、実際に『法術増幅装置』の隣の工場に発注するところまでの予算が付くか……」 

 カウラはそう言って菰田を見つめる。カウラファンの菰田であるが、話題が話題だけにただ苦笑いを浮かべるばかりだった。

「そこまでは俺もなんとも……」 

 菰田はそう言って誠を一睨みしてから次の隊員のトレーにソーセージを盛りつけた。

「早くしなさいよ!」 

 ようやく盛り付けが終わったばかりだと言うのに、アメリアの声が食堂に響く。

「うるせえ!馬鹿。何もしてないオメエに何か言う権利があるのかよ!」 

「酷いわねえかなめちゃん。ちゃんと番茶を入れといてあげたわよ」 

 トレーに朝食を盛った三人にアメリアはそう言うとコップを渡した。

「普通盛りなのね」 

 かなめのトレーを見ながらアメリアは箸でソーセージをつかむ。

「神前、きついかも知れないが朝食はちゃんと食べた方が良い」 

 カウラはそう言いながらシチューを口に運んでいる。

 誠はまさに針のむしろの上にいるように感じていた。言葉をかけようとかなめの顔を見れば、隣のアメリアからの視線を感じる。カウラの前のしょうゆに手を伸ばせば、黙ってかなめがそれを誠に渡す。周りの隊員達も、その奇妙な牽制合戦に関わるまいと、遠巻きに眺めている。

「ああ!もう。かなめちゃん!なんか言ってよ!それともなんか私に不満でもあるわけ?」

 いつもなら軽口でも言うかなめが黙っているのに耐えられずにアメリアが叫んだ。 

「そりゃあこっちの台詞だ!アタシがソースをコイツにとってやったのがそんなに不満なのか?」 

「あまりおひたしにソースをかける人はいないと思うんですが」 

 二人を宥めようと誠が言った言葉がまずかった。すぐに機嫌が最悪と言う顔のかなめが誠をにらみつける。

「アタシはかけるんだよ!」

「それじゃあかなめちゃん。ちゃんとたっぷり中濃ソースをおひたしにかけて召し上がれ」 

 アメリアに言われて相当腹が立ったのかアメリアはほうれん草にたっぷりとかなめのホウレンソウに中濃ソースをかける。

「どう?美味しい?」 

 あざけるような表情と言うものの典型例を誠はアメリアの顔に見つけた。

「ああ、うめえなあ!」 

「貴様等!いい加減にしろ!」 

 カウラがテーブルを叩く。突然こういう時は不介入を貫くはずのカウラの声にかなめとアメリアは驚いたように緑色の長い髪の持ち主を見つめた。

「食事は静かにしろ」 

 そう言うとカウラは冷凍みかんを剥き始める。かなめは上げた拳のおろし先に困って、立ち上がるととりあえず食堂の壁を叩いた。

「これが毎日続くんですか?」 

 誠は思わずそうつぶやいていた。

「なに、不満?」 

 涼しげな目元にいたずら心を宿したアメリアの目が誠を捕らえる。赤くなってそのまま残ったソーセージを口に突っ込むと、手にみかんと空いたトレーを持ってカウンターに運んだ。

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