第181話 サイボーグと人造人間の嫉妬
「そうか、カウラのは持つんだな。そしてアタシのは手伝わないと……小隊長に胡麻をするのがオメエの社会性って奴か」
誠は恐る恐るカウラの後ろを見た。同じようにダンボール箱を抱えたかなめがいた。
「いいぜ、どうせアタシは機械人間だからな。テメエ等生身の奴とは、勝手が違うだろうしな。こんなのは一人でできる。安心してカウラの手伝いをしてろ」
そう言いながら立ち尽くす誠とカウラの脇を抜けてかなめは寮の廊下に消えていく。
「あの……」
そう言って後を追おうとした誠の肩をカウラがつかんだ。
「神前は私の手伝いをするんじゃないのか?」
カウラの手にいつもと違う力がこもっているのを感じて誠は振り返った。
「カウラさん。西園寺さんも手伝ってあげないとかわいそうですよ」
そのお人好しさゆえに誠はかなめの事も放っておけなかった。
「実は……このところ貴様と西園寺を見てて変な感じがしたんだ。なんと言うか、不愉快と言うか……あまり体験したことのない不快な感覚だ」
段ボール箱を持ってアメリアの部屋とは反対にある食堂に向かってカウラが歩き出す。誠は黙ってその後に続いた。
「正直に言うと貴様と西園寺が一緒にいるところを見たくないんだ。それが私の身勝手なのは分かっている。でも正直そう感じるんだ」
誰もいない食堂のテーブル。誠はその上にダンボール箱を静かに置いた。そしてどうやらカウラはかなめに嫉妬しているらしく、その嫉妬と言う感情をカウラが自覚していない事実に誠は気が付いた。
「それは焼餅ですね。安心してください。僕があの人と付き合うことは無いですから。あの人は僕とは住む世界が違いますよ。価値観があまりに違いすぎます」
誠はそう言って、自分の中で何が起こるか試してみた。華麗な上流階級に対する羨望は無かった。かと言って嫉妬と策謀に生きなければならなかった最上流の貴族と言う立場への同情も誠には無縁だった。どちらも誠にとってはどうでも良いことだった。ましてや非人道的任務についていた、そこで血塗られた日々を過ごしたと言う過去など、この部隊の面々の中ではちょっとした個性くらいのものだった。
「住む世界か。便利な言葉だな。でもそうは言うが神前は西園寺の事を嫌いじゃないんだろ?」
カウラはそう言うと口元に軽い笑みを浮かべた。彼女は何も言わずに誠の前に立っている。誠も何も言えなかった。
「不思議だな。神前には西園寺の事を嫌いになってほしくはないが、好きになるのはもっと嫌なんだ。こんな感情、どう説明したらいいんだ?」
沈黙に耐えかねたカウラがそう切り出した。
「僕に言われても分かりませんよ。僕はすぐ吐く体質からあまり人から好かれた経験がないんで」
誠は自分の『もんじゃ焼き製造マシン』のおかげで数々の出会いをふいにしてきた過去を思い出しため息をついた。
「こんな個人的な感情の話をしていても時間の無駄だ。アメリアがうるさいから作業に入るぞ」
そう言ってダンボールを運ぼうとするカウラの口元に笑みがこぼれていた。誠はそのダンボール箱の反対側を抱えた。二人でそのまま食堂を出て、アメリアの私室に向かう。
「何やってたんですか?ベルガー大尉」
机をサラと一緒に廊下で抱えている島田がそう尋ねてくる。
「別に、なんでもない」
そう言うとカウラはそのまま荷物をアメリアの部屋へと運ぶ。島田はカウラの戸惑ったような表情も目の前のアメリアの荷物に比べればどうでもいい事だと割り切ったようにそのまま机を運び込む。
「ダンボールはそこ置いといて!それと机は横にすれば入るでしょ!」
アメリアは一切モノを持たずに自分の部屋の前で荷物を仕切っている。
「それにしてもどれだけ漫画持ち込むんだよ」
かなめが自分の運んできたダンボール箱を開けながらそう尋ねる。
「たいしたことないじゃないの。これは選びに選んだ手元に無いと困る漫画だけよ。あとは全部トランクルームに保存するんだから」
あっさりとそう言ってのけるアメリアに、かなめは頭を抱える。カウラは笑顔を浮かべながら二人を眺めている。
「すいません!クラウゼ少佐。机どこに置けば良いんですか?」
部屋に入った机を抱えて島田が叫んでいた。
「その本棚の隣!ちょっと待ってね!」
そう言うとアメリアは自室に入る。
「アメリア残りのお笑いグッズの類はお前が運ぶのか?」
「ええ、アレは壊れると泣くから手伝わなくていいわよ。特にかなめちゃんは見るのも禁止!」
かなめは手をかざしてそのまま喫煙所に向かって歩いた。最後のダンボール箱を抱えて歩いてきた西が、ダンボール箱の山をさらに高くと積み上げる。
「西園寺さん!」
誠は振り向きもせず喫煙所に着いたかなめに声をかけた。
「どうした?」
かなめはそのままソファーに腰を下ろしてタバコを取り出す。いつもと特に変わりのない彼女になぜか誠は安心していた。
「お前は良いのか?」
不意の言葉に誠は振り返る。エメラルドグリーンの流れるような髪をかきあげるカウラの姿があった。かなめの顔が一瞬曇ったように誠には見えた。