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第171話 『特殊な部隊』での特殊な寮のルール

 遼州同盟司法局実動部隊男子寮の前に誠は駅から歩いてたどり着いた。そこで誠を待っていたのは島田だった。

「いい身分だな……茜お嬢さんに西園寺さんの家まで送ってもらったそうじゃねえか……それにしちゃあ帰りが遅い。西園寺さんと何してた?不純異性交遊はこの寮ではご法度だ。分かってんだろうな」

 『愛と性との完全分離に成功した珍しい個体』とアメリアが称する、純情硬派で知られる島田のヤンキーの人にらみに誠は怯んだ。

「何もしてないですよ!何も!西園寺さんの部屋があまりに汚いから掃除してきただけです!それにあそこの近くまで通ってるバスは豊川駅行きしかなくって……本数も少ないし……」

 誠の口を突いて出る言い訳に島田は呆れながら口にくわえたタバコに手をやる。

「本当だろうな……ってオメエが嘘をつけるような器用な人間じゃねえことはこれまでの付き合いで分かってる。なんもしてねえってことは分かる。もし何かしてたらこの寮から出て行ってもらう。それが寮長である俺が決めたルールだ」

 硬派を気取るヤンキーと絶対に実らない恋に生きる変態が二人で決めたルール。それを破るほど誠の心臓は丈夫では無かった。

「かなり無茶苦茶なルールですね。それって単に島田先輩と菰田先輩の趣味で決めたことでしょ?全員に強制するのはちょっと……」

 誠にも下心と言うものは存在するのでそう言って目の前の硬派なヤンキーに抗議した。

「無茶だろうが何だろうが関係あるか!寮長は俺!俺がここでは一番偉いの!この寮の人間はすべからく『硬派』であれ。これはランの姐御のお言葉だ。オメエあの『偉大なる中佐殿』の言葉に逆らうつもりか?」

 ここでランの権威を利用して誠がそれに逆らえないことを知っているあたりが島田の質の悪さだと誠は思った。

 島田は自分の言葉に誠が反論できないことを確認すると島田は誠に背を向けて寮の玄関に消えた。

 誠は少し言いたいこともあったが、とりあえず手にプラモデルの箱を持ったままなのもなんなので、そのまま自室に向かった。

「でも……ここ男子寮だったよな……あの三人が来たら……男子寮じゃ無くなるじゃん。なんて呼んだら良いんだ?この寮」

 寮の階段を上りながら誠はぶつぶつとつぶやいていた。

「そんなに私達が来るのが嫌なのかな?」

 こういう時にはアメリアが現れるのが誠の生活ではもはやお約束になっていた。

「アメリアさん……嫌じゃないですけど……寮長は島田先輩ですよ。あの人無茶苦茶ですよ。それでもいいんですか?」

 島田の滅茶苦茶にアメリアが素直に従うとは思えない。誠はそう言ってアメリアがどういう反応をするか試してみた。

「誠ちゃんはまだ世の中を分かってないわねえ」

 誠の手からプラモデルの箱を奪い取るとアメリアはそう言って笑った。

「島田君は准尉。私達は中佐。軍では階級がすべてなの。ランちゃんもアタシ達が島田君の言うことを聞かないことくらい織り込み済みでここに住むことを許可してくれたんでしょ?誰があの馬鹿の言いなりになるもんですか!」

 アメリアは島田の作った寮則を完全に無視する気満々だった。

「そんな理屈あの人に通用しますか?まあ、あの人クバルカ中佐には頭が上がらないから中佐から『大目に見てくれ』って言われたら、アメリアさんの思う通りになりそうですけど」

「そうよ、職場は『生態系』島田君はランちゃんに捕食される下位の生き物なの」

 理論派のアメリアに理屈に弱い島田が口喧嘩で勝てるわけがないのは誠にも分かった。

「これは何かしら……途中で買ったの?」

 アメリアは興味深げに誠が持ってきたプラモの箱を見つめた。

「それは大事なものです!返してくださいよ!」

 誠はそう言ってアメリアからプラモデルの箱を奪い返した。

「大丈夫よ。それに島田君はサラの言うことなら大体聞くから。いざとなったらサラをけしかければオールオッケーなわけ。誠ちゃんも島田君に顎で使われてばかりじゃなくて少しは反撃する方法を考えなきゃ。人間関係をうまく利用する。それが私からいえるヒントね」

「そんなもんですか……」

 そう言って誠は階段の踊り場を通り抜けて自室に向かった。

「そう言えば女子の下士官の方はどうしてるんですか?ひよこさんとか……確かあの人は軍曹でしたよね。あの人も自分のお金でここら辺りの高い家賃を払わせられているんですか?」

 誠は何気なくアメリアにそう尋ねてみた。運航部は女性士官だけで構成されているが、医療班のナースである神前ひよこは軍曹で、技術部にも何人か女子の下士官が所属していたはずだった。

「ひよこちゃんは実家から通ってるわよ。確かお母さんと弟と一緒。他の女子の下士官は県警の女子寮に入ってるはずよ。世の中そんな不公平が許されるほど腐っちゃいないって、安心しなさい」

 アメリアはそう言うとにんまりと笑った。糸目がさらに細くなる。

「そうか……県警の女子寮なら家賃が安いでしょうからね……でも大変ですね、士官は。ここの何倍と言うお金が家賃に消えるんでしょ?無駄遣いばかりのアメリアさんは特に困りそうだ」

 誠は皮肉を込めて多趣味で出費の多いアメリアをからかってみた。

「そうなのよ……でもこれで住居費が一気に減るから……お財布には優しい暮らしになりそうね」

 誠の考えとは無関係にアメリアはどこまでも前向きだった。

「良かったですね……これから色々買えるものが増えるんじゃないですか?」

 前向きなアメリアの考え方に誠は心から納得した一言を彼女に返した。

「じゃあ、月島屋で会いましょう」

 そう言うとアメリアは身をひるがえして寮の玄関から出て行った。玄関の外にはアメリアに待ちぼうけを食らわされているいつも貧乏くじを引かされるパーラが突っ立っていた。

「明日から……大変そうだな……」

 明日から闖入する三人の女上司のことを考えながら誠はプラモデルの箱を手に玄関から自室のある二階の部屋に足を向けた。

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