第167話 『駄目人間』と『出来た娘』
「茜ねえ……嵯峨親子はどうにも苦手でね。何を聞いても暖簾に腕押しさ、のらりくらりとかわされる」
かなめはそう言いながらエレベータのボタンを押した。その間も誠は静かな人気の無い一階フロアーを見回していた。すぐにその目は自分を見ていないことに気づいたかなめの責めるような視線に捕らわれる。仕方がないというように誠は先ほどのかなめの言葉を頭の中で反芻した。
「まあ、茜さんの考え方は隊長と似てますよね」
「気をつけな。下手すると茜の奴は叔父貴よりたちが悪いぞ……叔父貴は人間失格で攻めどころ満載だが……茜は完璧超人だからな。付け入るスキがねえんだ」
「確かに司法試験とキャリア試験を受かったエリートで……家事も出来てあの『駄目人間』の隊長の管理までしてる。スーパーウーマンじゃないですか」
茜に好感を持っている誠と違い、かなめは茜を信用していないようだった。
「それが信用置けねえんだ。エリートなんてみんなそうだ。腹の中では何を考えてるか一向に分からねえ」
かなめのエリート嫌いは徹底しているのは誠も知っていた。
「でも、良い人じゃないですか、茜さん。ちゃんと僕達を送ってくれましたし。親父の『駄目人間』とは大違いだ」
誠にとって嵯峨はどうしても信用のおけない存在だった。
「まああの『駄目人間』が信用置けないのは事実としてだ。それをうまく操縦するってのはそれを上回る『悪党』じゃないとできない。そう思わねえか?」
意外なことをかなめは言い出したので誠は少し戸惑った。
「確かに一般論としてはそうかもしれませんけど……会った感じでは茜さんは良い人ですよ」
誠は正直な茜の印象を語った。
「そこが信用置けねえって言ってるんだ。外面と内面。それが一致してるとは到底思えねえのが茜の特徴だ。何を考えてるのか一向に分からねえ。言ってることもあまり信用してねえよ、アタシは」
司法試験を14歳でパスし、キャリア試験まであっさり通過した天才相手にかなめはどうも自分が利用されるかもしれないと言う恐怖感を持っているようだった。
「そんな。人間関係はまず信頼関係から生まれるんですよ」
誠はなんとか頑ななかなめを説得しようとした。
「オメエは叔父貴を信用してるか?」
そんな誠の痛いところをかなめは突いてきた。確かに誠は初対面の時から嵯峨を信用していなかった。
「そう言われると……何も言えないです」
「そうだろ?エリートを信頼すると馬鹿を見る。それが世の中の真理だ」
かなめは勝ち誇ったかのようにそう言うと目の前の真新しい立派なマンションに足を踏み入れた。