第166話 女大公殿下の住まい
「ここは右折でよろしいですの?」
造成中の畑だったらしい土地を前にして道が途切れたT字路で嵯峨茜が声をかける。
「ああ、そうすればすぐ見える」
「それにしても西園寺さんは甲武国一のお姫様でしょ?凄い豪邸にでも住んでるんですか?」
興味本位で誠はかなめにそう尋ねた。
「豪邸?興味ねえな。住まいなんぞ、寝る場所とシャワーくらいあれば十分だ。家に見えを張る馬鹿の気が知れねえ」
かなめの素っ気ない一言に誠は心底がっかりした。
「でも西園寺さんの実家はそれこそ観光名所になるほど立派な家なんでしょ?それなのになんでそんなに住まいに冷淡になれるんですか?」
「観光名所になってるのは門と客を迎える本殿だけ。アタシが実際暮らしてたのは狭い木造の二階家だ。西園寺家は代々倹約家なんだ。家の見てくれにこだわるのはかえでだけで十分だ」
家風が合わず西園寺家を出て日野家と言う家を興したかなめの妹日野かえでの名を口にするとかなめはふくれっ面のまま黙り込んだ。
かなめは相変わらず火のついていないタバコをくわえたまま、砂埃を上げる作業用ロボットを眺めていた。茜がハンドルを切り、世界は回る。そんな視界の先に孤立した山城のようにも見えるマンションが見えた。周りの造成地が整備中か、雑草が茂る空き地か、そんなもので構成されている中にあって、そのマンションはきわめて異質なものに見える。
まるで戦場に立つ要塞のようだ。誠はマンションを見上げながらそう思った。茜は静かにその玄関に車を止める。
「ああ、ありがとな」
そう言いながらかなめはくわえていたタバコに火をつけて地面に降り立つ。
「ありがとうございました」
「いいえ、これからお世話になるんですもの。当然のことをしたまでですわ」
茜の左の袖が振られる。その様を見ながら誠は少し照れるように笑った。
「それではごきげんよう」
そういい残して茜は車を走らせた。
「おい、何見てんだよ!」
タバコをくわえたままかなめは誠の肩に手をやる。
「別になにも……」
「じゃあ行くぞ」
そう言うとかなめはタバコを携帯灰皿でもみ消し、マンションの入り口の回転扉の前に立った。扉の横のセキュリティーシステムに暗証番号を入力する。それまで銀色の壁のように見えていた正面の扉の周りが透明になって汚れの一つ無いフロアーがガラス越しに覗けるようになった。
建物の中には大理石を模した壁。いや、本物の大理石かもしれない。何しろ甲武国の大公殿下の住まうところなのだから。
「ここって高いですよね?」
「そうか?まあ、親父が就職祝いがまだだったってんで、買ってくれたんだけどな」
根本的にかなめとは金銭感覚が違うことをひしひしと感じながら、開いた自動ドアを超えていくかなめに誠はついていく。