第165話 『襲撃者』の過去
「昨日のアロハ……北川公平とか言う元学生活動家上りだって話じゃねえか……」
「学生活動家?」
誠は聞きなれない言葉に思わずおうむ返しで繰り返していた。
東和では数十年周期で学生運動が活発になることもあったが、最近はまるで鳴りを潜めており、誠の大学もそんなものとは無縁な大学だった。
「ネットをご覧になったのですわね……北川公平。元東都工業大学学生会中央執行委員会委員長……5年前に器物損壊と銃刀法違反容疑で逮捕後処分保留のまま釈放されてから今に至るまで潜伏中……まあ典型的反社会的左翼活動家ですわね」
かなめはそう言って誠の疑問にこたえた。
「反社会的左翼って遼州の自立を叫んでる人達ですよね……地球人帝国主義にどうたらこうたらとか……」
「その『どうたらこうたら』が無かったら意味ねえだろうが。『どうたらこうたら』に遼州民族主義が入ってくると反社右翼になるんだから。左翼連中は地球資本からの独立と東和の財閥解体を叫んでる連中なんだよ……まあどっちも東和じゃ改造拳銃を使って内ゲバをやるのが関の山だがな。平和な連中だよ、アタシから言わせりゃ」
「はあ……」
誠はかなめの言葉がいまいち理解できないままあいまいな表情を浮かべてうなづいた。
「北川公平が法術師だった……まああり得ない話ではないことですわ……これまでも何度か公安がそのアジトを突き止めたことがあるらしいですけど……見事に北川だけはその場から消えていた。法術師だったら干渉空間を展開して跳べばいいだけですもの。どうりで捕まらないはずですわね」
茜は表情も変えずに渋滞を抜けようと左折して裏道に入り込んだ。
「どうせ連中の武器は『サタデーナイトスペシャル』だからな。ただ、あの干渉空間を展開してくるのはどうにも……」
「『サタデーナイトスペシャル?』」
「質の低い改造拳銃を闇の業界ではそう言うの!一発弾が撃てればいい程度の粗悪品だ……ただ干渉空間を展開してすべての銃撃を無効化しながらその一撃のタイミングを待たれたら……こりゃまた面倒な話だねえ」
郊外の住宅街と言う豊川市の典型的な眺めが外に広がっている。かなめはそんな風景と変わらない茜の表情を見比べていた。
茜は無言だった。かなめは何度か茜の表情の変化を読み取ろうとしているように見えたが、しばらくしてそれもあきらめた。かなめは頭を掻きながら根負けしたように口を開いた。
「あそこまで堂々と自己紹介をしてくるとは……背後の組織はそれなりの形になってるとみるべきってことか。となるとアタシ等が法術特捜に手を貸す必要もある訳だ」
かなめは茜の沈黙に負けて現状を受け入れるというようにそうつぶやいた。司法局の方針が法術特捜には人員を割くつもりが無い以上、彼女もその指示に従わざるを得なかった。
「そうしていただけると助かりますわ。今は目の前にある現実を受け止めて頂かないと……目の前のリアルを信じてみてはいかが?」
陸稲の畑の中を走る旧道が見えたところで、茜は車を右折させた。
「ったく人使いが荒いねえ。叔父貴は」
「それは今に始まったことではないでしょ」
そう言って茜は笑う。かなめは耐え切れずにタバコを取り出した。
「禁煙ですわよ」
「バーカ。くわえてるだけだよ!」
そう言うとかなめは静かに目をつぶった。