第157話 良いように使われる誠達

「そんな……忘れるだなんて……素晴らしいことをおっしゃいますわね、かなめお姉さま。いつもは暴言しかはかない口にそんな使い道があるなんて、
かなめがその声に血色を変えて振り返った先には朱色の留袖にたすきがけと言う姿の茜が立っていた。
「脅かすんじゃねえよ、あれが来たかと思ったじゃねえか!そのお上品なしゃべり方をなんとかしろ。身の毛がよだつ」
上品な茜のしゃべり方とおなじしゃべり方をする人間にトラウマがあるようで、かなめは明らかに茜を怖がるようなそぶりを見せた。
「ああ、かなめさんの女学校時代の唯一のお友達の事ね。そんなにお嫌いなのですか?一応かなめさんに友達と呼べるような方はあの方くらいなのに」
明らかにかなめをからかうことが楽しいと言うような表情を茜は浮かべた。かなめはその表情が憎らしいと言うように口をへの字にした後、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしている。
「あのなあ、アタシにゃあそう言う趣味はねえんだよ!この前の
タバコを携帯灰皿に押し込みながらかなめが上目遣いに茜を見る。
「そうですわね。……それにかなめさんは神前くんのこと気に入ってらっしゃるようですし。今更昔の友達なんて必要ないのかも知れないわね」
茜は壁を丁寧に雑巾で拭きながら含み笑いを浮かべてそう言った。
「ちょっと待て、ちょっと待て!茜!」
小悪魔のような笑顔を浮かべると茜はかなめの汚れた雑巾を取り上げてバケツに持ち込んで洗い始めた。
「なんでオメエがいるんだ?オメエに手伝ってくれとは頼んでねえぞ」
かなめは茜の存在を嵯峨と同類視しているので、どうしても茜に対しては警戒心を抱いていた。
「かなめさん。昨日、引越しをするとおっしゃってませんでしたか?これからお世話になるんですもの、お手伝い位させていただこうと思って」
茜は慣れた手つきで畳の目にそってよく絞った雑巾を動かす。
「オメエの引越しは……東都のオメエのマンションからだと、ここは結構遠いぞ……車じゃ渋滞するし、電車は乗り換えないとダメだし」
冷や汗を流しながらかなめが口を開く。
「お父様には以前から部屋を探していただいていたので、すでに終わってますわ。それにここに常駐するわけではありませんもの。平気ですわよ」
すばやく雑巾をひっくり返し、茜は作業を続けた。
「でもいきなり休みってのは……」
そう言うかなめに茜は一度雑巾を置いて正座をして見つめ返した。