第146話 考えられる『最悪の状況』
「島田先輩。本当にここでいいんですか?」
誠はそう言いながら部屋を見渡す。正直この部屋にあの三人を入れるとなればどんな制裁が自分に加えられるかと想像しながら誠は島田の表情を探る。
「大丈夫だって。この部屋の存在は寮の男子隊員共通の弱みだ。誰もこの部屋のことは知られたくないはずだからな。それにアメリアさんが今住んでいるのは前の住人が借金で首が回らなくなった結果首を括った『事故物件』で相当の格安の家賃で借りてるらしい。そんなこと気にする人達じゃねえよ、あの人達は」
島田は背後に人の気配が近づいてきているのも気づかずにそう言って笑った。誠から見えた三人の人影に誠の顔は自然と青ざめた。
「そうよねえ。知られたくないわよねえ。私は別にどうでもいいけど他の二人はどうなのかしら?」
島田と誠が振り向いた先には満面の笑みのアメリアと、消臭剤を買ってきたばかりの西からスプレー缶を取り上げているかなめ、そしてこめかみに指を当てあきれているカウラの姿があった。
すべての努力が徒労に終わった。その事実を知って島田は力なくその場に崩れ落ちた。
「貴様等、私達にここに『住め』というわけか?この部屋の前の使用用途と同じ目で見られる生活を私達に強要しようとしているわけか……馬鹿にするのもいい加減にしろ」
見開いた目を島田と菰田に向けるカウラに二人は目を見合わせてすぐさまうなだれた。
「菰田ちゃん。そこのゲーム一山で手を打つってのはどうかしら。パートの白石さんがこの部屋を見たら……さぞ面白いショーが見れそうね」
周りで呆然としている隊員を尻目にアメリアはそこにあるエロゲーのジャケットを物色する。
「アホだなオメエ等。女の住む場所にこんな部屋を選ぶなんて、島田。オメエ一回死ねよ。ああ、一回とは言わない、百万回ぐらい死ね」
かなめは西から取り上げた消臭スプレーを撒き散らかしている。
「それはですねえ……ちゃんとした理由が……ええと……」
島田は完全に追い詰められた。じりじりと彼の額に浮かぶ汗は暑さのせいではないだろう。
そんな島田の顔が急に明るくなった。誠は島田が何かをひらめいたのだろうと思ったが、あまり状況をよくすることになるとは期待していなかった。
「間違えました!この上の階です!三階は倉庫として野郎は一人も居ませんから!三階を『女子寮』と言うことにしましょう!そうしましょう!」
苦し紛れに島田が叫ぶ。
「それにしちゃあずいぶん必死じゃねえか。この建物が三階建てなのは誰が見ても分かる。じゃあなんで最初から三階にしなかった。テメエ、やっぱ馬鹿だ」
周りで隊員達は冷や汗を流している。気分で暴れるかなめは彼らにとっては天敵である。とりあえずどうすれば彼女から逃げれるか必死に考えている姿は今の誠にも滑稽に見えた。
「ここじゃあ無いのならそこに案内してくれ。少なくともこんな異臭を放つ部屋をあてがわれるのは御免だ」
額に手を当てたカウラの目線が誠に注がれ、彼もまた苦笑いを浮かべた。
「良いんですか?あそこってそれこそカビた洗濯物やら腐ったメロンやら何でもかんでもいらないものは島田先輩が放り込んで……」
誠にも三階は人が住む場所ではなく『倉庫』と言う認識しかなかった。部屋の作りは二階と同じなのに何故島田と菰田が三階を倉庫扱いしているのかの理由が分からなかった。
「文句は言うな!他に部屋が無いんだからしょうがないだろ!あそこにあるものはほとんどがいらないものだ。有るものを捨てるだけだから掃除は簡単だろうが」
誠に島田が耳打ちする。菰田は複雑な表情で三人を案内する。一階の西館。日のあたらないこの部分は明らかに放置されていた区画だった。階段を上るだけでもその陰気な雰囲気は見て取れた。
「島田、あご砕いて良いか?さっきの部屋よりカビ臭せえじゃねえか。どこがさっきよりましなんだ?」
かなめはそう言いながら指を鳴らしている。カウラも半分はあきれていた。アメリアは『図書館』に未練があるように下の階を眺めている。
「大丈夫ですよ!ここは元々豊川紡績の女子寮だったんですから。三階は元々使用する予定が無かったんで男子便所が無いんです。それで、寮生を入れずに倉庫として使ってたわけです、ちゃんと女子トイレはありますよこの階にも」
言い訳に終始する島田を女性陣は冷めた視線で見つめていた。
「苦しい言い訳ね。この建物は元々女子寮だったんでしょ。それじゃあ、私達だけで住みましょう。ここのみんなには出ていってもらって、自分の部屋は自分で探してもらいましょう。それが良いわ。我ながら良いアイディア」
アメリアの声が陰気な廊下に響く。
「そんな残酷な……ここの寮費の五倍はするんですよ、ここらへんで部屋を借りると」
バイクに給料のほとんどをつぎ込んでいて金に余裕のない島田が懇願するようにこの中では常識のありそうなカウラの袖に縋りつく。
「自業自得だ。これまでの怠慢のツケが回ってきただけだ」
島田の嘆きにカウラのあっさりとしたそれでいて非情な返答が帰ってくる。
三階の薄暗いかび臭い廊下に立ち尽くしているのもなんなので、まずは島田は一番階段に近い部屋の前に立った。
島田は鍵を取り出すと扉を開けた。