第138話 稀に見る策士の焦燥
「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」
司法局実働部隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地が続いている。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトレーラーに続いて動き出したカウラの『スカイラインGTR』の後部座席でかなめは不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながらつぶやいた。
「そうは見えませんでしたけど」
助手席の誠がそう言うと、かなめが大きなため息をついた。
「わかってねえなあ。あの秘匿体質の叔父貴があれだけ証拠物件を一隊員に過ぎないアタシ等に見せるなんて普通だったら考えられねえぞ」
誠もかなめにそう言われると、人を見るとだますことしか考えない秘密の多い嵯峨があれだけの情報を誠達に提供したことに関して違和感を感じた。
「まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの。確かに『法術武装隊』だったっけ?あれについて私達に教えようなんていつもの隊長だったら考えられないわ」
そう言って自分で買ってきたマックスコーヒーをアメリアが口にする。
「確かにそうですよね。今日の隊長は普通じゃありませんでした。いつも騙されている僕が感じるんだから確かにそうなんでしょう」
誠はまだ自分が騙されてこの『特殊な部隊』に入隊させられたことを恨んでいた。
「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ……過去の未確定情報を私達に話しても不安をあおるだけだということくらい分かっているはずだ。あの私達に見せた冊子にしてもそれが本物であると言う確証はない。それを考えれば今日の隊長は異常だった」
ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。
「それでも『法術武装隊』に知り合いがいねえってのはたぶん嘘だな。ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた前の大戦時の部下達の身元洗って突きつけてやろうか?きっとその中に『法術武装隊』がらみの人間の名前が出てくるぜ……まあ、あの叔父貴の事だ。証拠を残すようなへまはしねえか」
かなめはそう言うとこぶしを握り締めた。かなめもまたあの『駄目人間』を本心からは信用していない。誠も憤りを隠さないかなめの顔を見てそう思った。
「私達が運良く証拠や証人にたどり着いたとしても、たぶん隊長にしらを切りとおされて終わりよ……いつも公安の安城中佐が食らってるじゃないのそんな態度。あの『駄目人間』には人を信用すると言う思考回路は無いのかしら?だから自分も信用されないのよ」
そのアメリアの言葉にかなめは右手のこぶしを左手に叩きつける。
「隊長の悪口を言うのは良いが暴れるのは止めてくれ」
いつもどおりカウラは嵯峨の悪口合戦には参加せずに淡々とハンドルを操っていた。
「安城中佐って……公安機動隊の隊長でしたっけ?」
誠はこの中では一番まともな答えを返してくれそうなカウラに声をかけた。
「そうだ。司法局公安機動隊の隊長だ……うちと違って正式な『特殊部隊』の隊長って訳だ……『近藤事件』の後始末でお世話になってるから今度会ったらちゃんと挨拶をした方がいい」
『近藤事件』の起こした騒動のうち、公にされてはならない法術関連の秘密事項の情報統制を公安機動隊が担当していたことは誠も知っていた。
「なるほど、お会いする機会が有ったらお礼をしておきます」
社会知識のない誠にもここが年中暇をしている『特殊な部隊』で、他にまともに仕事をしている正式な『特殊部隊』が存在することくらいのことは理解できた。
「でも、西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」
誠は嵯峨がこの中では情報戦に強く実戦経験もあるかなめにも嘘だとわかる発言をした理由が知りたかった。
「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。今回の拉致未遂はこれまでのそれとは性質が違いすぎるわ。さすがに司法局に引き込んだばかりの茜お嬢さんを派遣するなんて私はかなり驚いたけど」
飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアメリアの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。
「どう読むよ、第一小隊隊長さん」
かなめの声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。
「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は一つしか知らない……そこが今回の刺客と何かのつながりがあると考えるのが自然だ」
かなめはそう言って難しい表情を浮かべた。