明の巻
水を打ったような静寂が続く。
その場の誰もが、何をどう言えば良いのか分からない様子だった。
神の生まれ変わり。
そして
何なんだ、それは!?
あまりに荒唐無稽過ぎて、思考が追いつかない……
どれも皆、そんな顔をしている。
「
ようやく口を開いたのは時空だった。
「つまりお前は、その
一言一句確かめるかのような口振りだ。
「そして饒速日命は、
時空の言葉に、仄は黙って頷いた。
「それじゃ、赤角が言ってた【あの方】というのは、その饒速日命の事だったんですか」
柚羽が驚いた顔のまま問いかける。
仄は、肩を
「確かにこれまでの状況から判断しても、話の辻褄は合うわね」
今度は尊が、まじまじと仄の顔を眺めて言った。
「私も何故あいつらが、神鏡そのものを奪おうとしないのか不審に思ってたの。奴らは、必ず時空を闘いの場に引っ張り出して奪おうとした……やはり、自分たちでは八握剣に戻せなかったからなのね」
納得したように頷く尊。
「……かと言って、今のお前の話を全て信じる訳にはいかない。お前は、俺たちの命を奪おうとしたんだからな」
時空は、射るような視線を仄に向け言い放った。
校舎屋上や伊邪那美邸での死闘が脳裏を掠める。
「あら、私はあなたたちを
仄は、心外だと言わんばかりに両手を広げた。
「馬鹿言うな!お前は、自分でもはっきり言ったじゃないか……お前の目的は、【俺を消す事】だと」
声を荒げる時空に向かって、仄は面白そうに目を細めた。
「それは、あなたの誤解。私は、こう言った筈よ……目的は、【継承者であるあなたを消す事】だと」
「何っ……一体、どういう意味だ!?」
悪びれた様子もなく言ってのける仄に、時空は激しく詰め寄る。
その顔を暫し眺めた後、仄は
「私は神武天皇が
仄の瞳が、再び妖しい光を放ち出す。
「八握剣を元の姿に戻す事は、あなたにしかできない。この封印は、たとえ神でも解く事ができない……かと言って、饒速日命の計略を阻止する為、あなたの命を奪う訳にもいかない。そんな事をすれば、アイツの犯した悪行と変わらないもの……ならば、残された手段は一つしか無い」
一呼吸置く仄の真剣な眼差しに、時空は何かとんでもない言葉が飛び出すと予感した。
「それは……《八握剣を破壊してしまうこと》」
痛いほど張り詰めた空気が周囲を覆った。
「剣そのものがこの世から無くなれば、あなたと剣の間にある継承者という関係性も無くなる。ひいては、剣が饒速日命の手に渡る事も無く、あやつの野望も絶たれる」
そこまで話すと、仄は静かに皆の顔を見回した。
「つまりそれが、継承者である時空を消す、という意味だと……」
静まり返った室内に尊の声が響く。
それが場当たり的な回答で無い事は、仄の表情を見れば明らかだ。
確かに、筋は通っている。
「八握剣を……破壊する!?」
思わず叫ぶと、時空は無意識に神鏡を手にした。
そのまま、薄青く輝く鏡面をじっと見つめる。
「出来るのか……そんな事が?」
「できるわ」
「そして、それができるのは、この世でただ一人……唯一、剣と繋がりを持つあなただけ。あなたが【ある条件】を満たせば、剣をこの世から抹消する事ができる」
「……条件?」
時空は、反射的にその言葉を繰り返した。
「剣の全ての力を使いこなせるようになる事……つまり、あなたが【八握剣の支配者】になる事よ」
「俺が……剣の支配者……!?」
そう言って、言葉を詰まらす時空。
予想もしなかった回答に、両眼が大きく見開く。
同時に、とんでもない重圧が重く心にのしかかってきた。
継承者だけでも苦痛のタネだと言うのに、今度は支配者になれだと!
「そう。あなたが八握剣の能力を全て覚醒させた時、剣はあなたを主と認める。そして、剣の生死すら操れる存在となる」
淡々と話す仄の目には、寸分の迷いも無い。
それは、ただ真実のみを語る者の目だった。
「ひょっとして……お前はそのために!?」
時空は、ハッとしたように顔を上げた。
それを見て、仄が大きく頷く。
「そ。あなたが剣の力を引き出すには、あなた自身が成長し、パワーアップする必要があった。そして、それは闘いという極限の状況下でしか得られない。だから、私は敢えて《悪のフリ》をし、あなたを挑発したの」
そう言って、仄は時空の顔を覗き込んだ。
「思惑通り、闘いの中であなたは目覚ましく成長した。八握剣の奥義も引き出した。あと少しで、剣はあなたを支配者として認めるでしょう」
満足げに言ってのけ、仄はキラリと瞳を輝かせた。
二人のやり取りに、その場の空気がピンと張り詰める。
そこには、次第に明かされていく真相を聞き漏らすまいとする緊張感があった。
しばしの沈黙が流れる。
「……それにしても、少し過激過ぎやしない?時空の傷は
ふいに、尊が憮然とした表情で抗議する。
他のメンバーも、思い出したようにウンウンと首を振った。
「あら、それはごめんなさいね。力の覚醒は、命ギリギリの状況じゃないと発動しないもんだから……それに神器の治癒力があるから、まあ死ぬ事は無いと思って」
あまりに呆気らかんと話すその様子に、さすがの尊もそれ以上口は出せなかった。
「皆の神器も同じ。誰かを助けたいという強い思いが覚醒を促す。これについては、全員経験済みでしょ」
仄の言葉に、個々の脳裏に記憶が蘇る。
時空を助けたいという思い──
肉親を助けたいという思い──
仲間を助けたいという思い──
それぞれの強い思いが神器の変容を誘発し、継承者としての覚醒を促したのだ。
その事からも、仄の説明が正当であると認めざるを得なかった。
「私たちが手にした神器も、あなたの仕業なの?」
尊が、諦めたように首を振りながら尋ねた。
その手には、USBが握られている。
「おお、それそれ、それっすよ!アタイらが持ってる神器が、何であんな形をしているのか不思議だったんすよ?」
晶も、横から勢い込んで便乗する。
仄はその方へ振り向くと、ニッコリ笑いかけた。
「元々、
淡々とした口調で、仄が話し始める。
皆、黙って耳を傾けた。
「私は神器の一つ、
そう言って、肩をすくめる仄。
さすがの女神も、運が味方した事については心底驚いた様子だった。
「伊邪那美仄として学園に転入した私は、彼女の護衛役としてあなたたちを選び、その身近に神器を配備したの。勿論そのままでは、すぐに神器とバレてしまうので、仮の姿をあてがう事にした。デザインは、あなたたちにそれぞれ縁のあるものとしたわ。そうする事で、各々自分の神器と邂逅し易くなるから……あなたたちの神器が、現代風の姿をしているのはこのためよ」
仄の説明に、皆の脳裏に神器と出会った時の場面が蘇る。
ある時は電気店の陳列で──
ある時は音楽教室の片隅で──
ある時は図書室の倉庫で──
それらは、単なる偶然だとばかり思っていた。
だが実際は、全て仄により事前に仕込まれていたのだ。
「……ち、ちょっと待ってください!少しおかしくないですか?」
仄の言葉尻を
「私の神器である
「私も……ミョウを拾ったのは小学生の時だった……」
柚羽の疑問に同調するかのように、凛も訴えた、
全員の懐疑の視線が、再び仄に降り注ぐ。
「ああ、その事……それは、これを使ったのよ」
問題にならないといった口調で答えると、仄は自らの胸元に目を落とした。
それが合図だったかのように、唐突に何かが白く発光し始める。
全員の顔が驚きに変わる。
「九つ目の神器……実は、まだ私の体内にあるの」
そう言って仄は、両手の掌を胸前に
光はさらに光度を増し、何かの形が浮き上がる。
釣鐘のような流線形の紋様──
その中心で、白い炎が揺れていた。
「これは