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第117話 『敵』の理想

 銃弾をまるで受け付けない男は余裕の表情で誠達に歩み寄ってくる。

「力のあるものが、力の無いものを支配する。それは宇宙の摂理だ。そうは思わないかね、神前君。『あのお方』もそうお考えだ。そう思うだろ?君も」 

 再び男の右足が踏み出される。誠は金縛りにでもあったように、脂汗を流しながら男を見つめていた。

 誠は精神を集中した。

「どうする気だ!神前!」 

 かなめの叫ぶ先に銀色の空間が現れる。

「そのくらいのことは出来て当然と言うことですか。確かに私の力ではそれを突破することは難しいでしょう。ただ……」 

 男はそう言うと自らが生成した銀色の空間に飛び込んだ。銀色の空間もまた消える。

「どこ行った!」 

 銃を手にかなめは全方位を警戒する。

「ここですよ」 

 男の声のする場所が誠には特定できない。

「何!」 

 かなめの足元の岩が銀色に光りだす。思わずかなめは飛びのいてそこに銃を向ける。誠は一度、銀色の干渉空間を解いた。相手はどこからでも空間を拡げる事が出来る。誠と同じ法術師であるクバルカ・ラン中佐に聞いた限りでは、その空間に他者が侵入すればかなめが撃った弾丸同様蒸発することになると言う。

 完全に手詰まりだった。

「逃げましょう!西園寺さん」 

 銃を手にかなめは周りを警戒する。戦場と似た緊張した空気がそうさせるのか、かなめの顔には引きつったような笑顔があった。

「馬鹿言うな!逃げられる相手なら最初から逃げてる!」

 かなめも銃が効かない相手となると自分が無力なのは理解していた。歯を食いしばり悔しがるが彼女が男に対しできることは何もなかった。

「騒動にならぬように人気の無いところで仕掛けたのが運の尽きですね。『特殊な部隊』のお仲間が助けに来るには時間がかかる。さあ、神前君。一緒に来給え。陛下の理想の世界を一緒に作ろうじゃないか」

 男の声がまるでテレパシーのように二人の頭の中で響く。

「銃声で誰かが来れば……この距離だ、間に合わねえか」 

 かなめは自分の後ろに銀色の空間が生成されようとしたことに気づいて発砲する、スライドがロックされ弾切れを示す。

「弾が無いのですか」 

 また再び地上に銀色の空間が現れ、その中から赤いアロハシャツの男が現れる。

「これでわかったでしょう」 

 男の顔に勝利を確信した笑みが浮かんだ。

「この糞野郎!きっちり勝負しろ!」 

 強がってみせるかなめだが、かなめにはもう持ち札が残っていなかった。

「甲武四大公爵家筆頭の大公殿下がそんな口をきいてはいけませんねえ。陛下はあなたも使える人材だと言っていた……なんなら一緒に来ませんか?私と共に」 

 男は今度は確実に一歩一歩、二人に近づいてきた。

「あなたは何者ですか」 

 ようやく誠が搾り出せた言葉は、自分でも遅きに失している言葉だった。

「なるほど、こういう時はこちらから名乗るのが筋というものですね。もっとも私個人の名前などあなた達の関心ではないでしょうが。私は遼州人の権利と自由を守るために活動している団体の構成員の一人です。屈辱の四百年の歴史にピリオドを打つべく立ち上がりました……カッコつけて言えば『革命家』ですかね」 

 男は誇らしげにそう言うとかなめを見下すような視線でにらみつけた。

「アタシ等も遼州人なんだけどねえ……アタシにはアンタ等の嫌いな地球人の血も混じっちゃいるが、そっちの方が法術師に成れる確率は上がるって話じゃねえか。まあ革命家さんはうちら警察としては取り締まりの対象でしかねえんだけどな」 

 もはや言葉で時間を稼ぐしかない、そう判断したかなめが皮肉めいた笑みを浮かべながらアロハシャツの男に声をかけた。

「確かにあなたの母上、西園寺康子様は本来、遼朝王弟家の出。かなめ様、あなたにも我々と志を同じくする資格があると言うことですが……いかがいたしましょうか?私とご同行いただけますでしょうか?」 

 男はまた一歩踏み込んできた。

「くだらねえなあ!王弟家とか遼帝国王朝とかに興味はねえな。アタシは貴族とかつまんねえ肩書きが嫌で陸軍に入ったんだ」 

 かなめは本心から男に向けてそう叫んだ。

「ほう、それもまたよし。私達は王党派とも組しません。ただ遼州人全体の幸福を考えているだけです。私達はあまりに地球人に対してお人好し過ぎた。これ以上連中に大きな顔をされるいわれはない」 

 男は徹底的に地球人を憎んでいる。誠にわかることはそれだけだった。

「それで何が起きるんですか?」 

 誠は男の言葉をさえぎった。ゆっくりとうろたえることも無く、誠は男に近づいていった。

「今の遼州には多くの人が生きています。地球人、遼州人、そして先の大戦で作られた人工人間。でもあなたは遼州人のための世界を作ると言いましたね」 

 思いもかけずに誠が自分に近づいてくる。驚いたような表情を浮かべていた男もそれが誠の本心だとわかってゆっくりとわかりやすいようにと心がけるように話を続けた。

「仕方ないでしょう。我々は力を持っている。そして他の人々は持っていない。力のあるものが生き延びるのは宇宙の摂理で力のないものは滅びるしかない。それは自然の摂理ですよ」 

 再び遼州人の力を誇示するような言葉を口にした男に顔を上げて強くにらみつけた。男は誠の表情の変化に少しばかり動揺したように見えたがすぐさまポーカーフェイスに戻った。

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