バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第116話 侮れない追跡者

 しかし、松の梢が続く遊歩道に入ったところでかなめは不意に立ち止まると誠に小声でささやいた。

「神前、気づいてるか?」 

 誠はかなめのドスの利いた言葉に不安に襲われた。かなめの目が鋭く光っていた。タレ目で迫力はあまり無いが、彼女の性格を知っている誠を驚かすには十分だった。

「気づくって……もしかして誰かにつけられているんですか?」 

 先月の『近藤事件』の発端も、自分が誘拐されたところから始まっただけあって、誠は辺りを警戒することが多くなっていた。見る限りにはそれらしい人影は無い。しかし、以前、菱川重工の生協で感じた時と同じような緊張感が流れていた。

「素人じゃねえ、かなりのスキルだ。こっちが気づいたら不意に気配が消えやがった。どうする?」 

 かなめがサングラス越しに誠を見つめる。その口元が笑っているのは、いつものことだと諦めた。

「でも丸腰じゃないですか?」 

 誠は水着に薄手のジャケット、かなめも海ではずっとジャケットを羽織ったままだった。

「そうでもないぜ」 

 かなめが羽織ったジャケットをめくって見せる。かなめの愛銃、スプリングフィールドXDM40のシルエットが見えた。

「しかし、こんなところでやるわけにはいかないんじゃ……」

 周りには少ないながらも観光客の姿が見える。かなめも同感のようで静かにうなづいた。 

「ただの偶然かもしれないからな。もう少し引っ張ろう。あそこに見える岬まで行けば邪魔は入らないだろうからな」 

 そう言うとかなめは誠の手を取って早足で歩き始めた。午後を過ぎて風が出始めた海に沿った道を進んだ。さすがにこれほど人通りが少ないとなると、赤いアロハシャツを着た男が後を付いてくるのが嫌でもわかった。

 こちらに存在が見破られることはすでに想定済みといった風に男はついてくる。かなめはすでに銃を抜いている。とりあえず人のいない所で決着をつけることは後ろの男も同意見のようで、一定の距離を保ったまま付いてくる。

 岬に着いたところで、かなめは男に向き直った。

「見ねえ面だな。ただのチンピラにしちゃあ動きが良いし、兵隊にしちゃあ間が抜けてるな。兵隊だったら狙撃ポイントはここら辺にはいくらでもある。わざわざ真正面から遣り合う必要はねえ」 

 かなめは銃口を男に向ける。今のかなめならすぐにでも発砲するかもしれないと思っていた誠だが、かなめの引き金にかけられた指に力が入ることは無かった。

「これは辛らつな意見ですね。確かに俺は東和共和国生まれですからね。兵役も無いこの国だ……軍事教練など受けたことが無いもので。ああ、狙撃するというのは良いアイデアですね。私の仲間にも銃の使い手が居ますから今度はそいつに頼みましょう」 

 角刈り、やつれているように見える細面が見るものを不安にする。アロハシャツから出ている鍛えられた跡などない締まりのない両腕は、どう見ても軍人のものには見えなかった。

「金目当てだったらアタシが銃を持っていることをわかった時点で逃げてるはずだ。非公然組織なら仲間を呼ぶとかしているしな。何者だ?テメエは」 

 まるで幽霊みたいだ。誠は男の顔に浮かんだ版で押したように無個性な笑みを見つけて背筋が寒くなるのを感じた。

「元甲武国陸軍、非正規戦闘集団所属、西園寺かなめ大尉。そして東和宇宙軍から遼州司法局に出向中である神前誠曹長」 

 男はそう言いながらゆらりと体を起こした。その動きに反応してかなめは銃口を向ける。

「知らないんですか?西園寺大尉とあろうお方が。高レベル法術適格者にはそんなものは役に立ちませんよ」 

 男はゆらゆらと風に揺れながら右足を踏み出した。

「試してみるのも悪くないんじゃねえか?とりあえずテメエの腹辺りで」 

 そう言い終ると、かなめは二発、男の腹めがけて発砲した。銀色の壁、誠も展開することができる『干渉空間』が男の前に広がり、弾丸はその中に吸収された。かなめの表情に一瞬驚きのようなものが浮かぶのが誠にも見えた。

「さすがですね、正確な射撃だ。でも現状では理性的に私の正体でも聞き出そうとするのが優先事項じゃないですか?」 

 また一歩男は左足を踏み出す。銃が効かないとわかり、かなめはいつでも動けるように両足に力をこめる。だがそれをあざ笑うかのように男は言葉を続ける。

「神前君。君の力を我々は高く買っているんだよ。地球人にこの星が蹂躙されて四百年。我々は待った、そして時が来た。君のような逸材が地球人や同盟の売国奴の側にいると言うことは……」 

 兵隊としては二流でも政治的意見を言わせればひとかどの物らしい。誠はやつれたアロハの男をそんな男だと判断した。

「うるせえ!化け物!くたばりやがれ!」 

 かなめは今度は頭と右足、そして左肩に向けてそれぞれ弾丸を撃ち込んだ。再び弾丸は銀色の干渉空間に吸い込まれて消えた。


しおり