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第114話 甲武の平民の立身出世の手段

「そう言えば……あの西君って甲武の平民の出身ですよね。よく口減らしにあわずにうちに来れましたね」

 誠はかなめがアルバイトをして生活している食客達が好きだと言ったことで、かなめが以前教えてくれた甲武の平民の暮らしについての話を思い出しそうつぶやいた。

「アイツもそれはそれは貧しい宇宙コロニーの出身だからな。しかも聞いた話じゃ、口減らしの対象の次男坊だっていうじゃないか。口減らしにあわなかったのはアイツは運が良かったんだろうな」

 口元に浮かんでいたかなめの笑みが消え、真剣な調子でかなめはそう言った。

「元々『貴族主義』の甲武は平民の立身出世を面白く思ってない輩がたくさん住んでいる。だから平民に高等教育なんて無用ってのがあの国のやりかたなんだ。甲武の平民の義務教育は『尋常小学校』の六年間だけだ。それを終えたら大概の平民は農民になるか街に出て工場で働いたり、金持ちの平民の営む商店とかで丁稚奉公に出る。まだ十二歳だぜ。ろくに世間について知らないまま、学らしい学も持たずに社会に放り出されるんだ。それが甲武の普通の平民って奴だ」

 甲武についてまた新しい知識をかなめに与えられて彼女が何も知らない貴族のお姫様では無いことを誠は改めて理解した。そして、彼女が不遇な境遇に置かれている平民達に同情していることに誠は心打たれた。

 かなめは平民の暮らしについて話し続けた。

「でも、その尋常小学校で優秀な成績を収めた子供には国からの奨学金が出て中等学校に進むことができる。東和では高校にあたるところだな。そこでも優秀な成績を収めると大概は軍に入る」

 ここで初めてかなめの暗かった口調が少しだけ明るくなった。

「軍にですか?でもなんで……戦うことを強制されるんですよ。それのどこが良いことなんですか?」

 誠は後部における軍部の発言力の強さは『近藤事件』によって肌身で感じていたが、かなめの言葉を理解できなかった。軍に入れば戦争が起きれば最前線に送られる。当然、命の危険にさらされる。それが成功への唯一の道だとすればあまりに悲しい。誠はそんなことを考えていた。

「確かに戦争が起きれば平民なんて使い捨ての駒だ。最前線で士族の連中から無茶な命令を出されて死んでいくのがほとんどだ。前の大戦でも死んだ軍人のほとんどはそう言った平民出身の兵隊達だ」

 二十年前に起きた『第二次遼州大戦』では敗北を喫した甲武は一億人の死者を出していた。兵士だけでも二千万人が死にかなめの言葉によるとそのほとんどが平民上がりの一兵卒だと言う。確かに要の父親西園寺義基が平民に権利を与えたくなるのも無理はないと誠は思った。

「でもそれは戦争が起きた時の話だ。戦争が無い今みたいな平和な時は軍では技術職としての能力を身に着けることができる。アイツも島田の部下、技術部員だろ?シュツルム・パンツァーの整備に必要な高度な技術は下手をすると、そのまま高等学校を出て大学を出るより高いものが必要とされる。アイツの勉強熱心さはオメエも知ってるだろ」

 かなめの口元はここまで来てようやく笑顔に変わった。

「確かに僕も大学は出てるけど島田先輩達が専門用語で話始めるとちんぷんかんぷんですから。確かに技術を身に着けるには軍は向いているかもしれませんね。下手な大学で勉強するよりよっぽど実践的な知識が身に着く」

 あの馬鹿なヤンキーにしか見えない島田も、技術部部長代理で整備班長である。その部下の指導ぶりには誠も感心させられていた。西もまた先輩達の手伝いの傍ら物理学や化学の勉強を独学でしている場面には誠も何度か遭遇していた。

「だから技術を学べる上に平民には考えられない高額な給料が出る軍は平民にはあこがれの的なんだ。下手に勉強ができるからって大学なんて行ってみろ。年収の何十倍と言う奨学金を一生かけて返さなきゃならなくなる。東和だってそうだろ、奨学金を返すのに困ってる若者が結構いるってテレビでやってたぞ」

 かなめはそう言って西が軍にいる理由を誠でも分かるように説明した。

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