第113話 かなめが見せたいと言うもの
「そうだ。神前、オメエはここに来るのは初めてだったな。来いよ、良いもん見せてやる」
かなめの言葉に頷くと誠は何もわからないまま言われるままに立ち上がって、彼女の手からビーチサンダルを受け取った。今度は先ほど向かった岩場とは反対側に歩く。観光客は東都に帰る時間なのだろう、一部がすでに片付けの準備をしていた。
「もう風が変わってきましたね」
松の並木が現れ、その間を海に飽きたというようなカップルと何度もすれ違った。
「そうだな。良い風だ」
会話をするのが少しもったいないように感じた。なぜか先ほどの時と違って黙って並んで歩いているだけで心地よい。そんな感じを味わうように誠はかなめと海辺の公園と言った風情の道を歩いた。
「実はこの先に港が有ってな……どこにでもあるような鄙びた漁港だが、その雰囲気がアタシは好きなんだ」
かなめは照れているように額に乗っけていたサングラスを掛け直した。
「西園寺さんが好きな風景……漁港と言うと『ふさ』のある多賀基地を思い出しますね」
その『もんじゃ焼き製造マシン』体質で乗り物にまるでダメな為、ほとんど旅行の経験のない誠が知っている漁港の景色と言えば運用艦『ふさ』の母港である多賀港位のものだった。
そこは『釣り』に命を懸ける、趣味に行き過ぎた隊員達がわずか二年で観光雑誌に載るほどの釣りのメッカとなっていた。
「あの『釣り』に命を懸けてて人生終わってるの連中の話はするな。良いから来い」
かなめはそう言うと強引に誠の右腕を引っ張って歩き始めた。
「漁港の風景……確かに僕は旅行の経験がありませんから実際に見るのはあの時以来ですけど……テレビとかでは見てますよ。漁港」
さすがに誠でもテレビの旅行番組くらいは見たことがあるし、旅行が出来ない分そう言う番組は好きだった。
「アタシは庶民が働いている雰囲気が好きなんだ。西園寺家の食客達はそれぞれに手に職持って働いてた。そう言う姿を見るのが昔から好きなんだ」
かなめは昔を思い出すようにそう言うと口元に笑みを浮かべた。
「手に職って、確か西園寺さんの家に居候しているのは芸人とか画家とか音楽家の卵って言ってましたよね。漁師さんとはかなりイメージが違うような……」
芸術家の卵と言えば、誠の頭の中では漁師の力仕事をしている日に焼けた労働者のイメージとはかけ離れていた。
「そんな芸一つで生きていけるほど甲武も東和も甘くはねえよ。連中はアルバイトで食い扶持を稼いでるんだ。道路工事とか、ごみ収集とか、庭師の手伝いとか色々アルバイトの口も甲武の首都である『帝都』にはあるんだ。だから、うちじゃあ家の修繕とか庭の管理とか日常のこまごまとしたことも全部食客達がやってくれる。芸人もその芸で食えるようになるまでは労働者なんだよ」
かなめは教え諭すように誠に食客達の生活について話した。
「そうなんですか……かなめさんはそう言うアルバイトで生活している居候に囲まれて育ったんですね。かなめさんが庶民的な理由が分かりました。
かなめの意外な一面に触れて、誠は微笑みを浮かべて強引に腕を引っ張るかなめの後に続いた。