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第112話 かなめの過去とひと時の休みの時

「そう言えば西園寺さん。こんなことしてていいんですかね」 

 照れるのをごまかすために引き出した誠の話題がそれだった。

「なんだよ。突然」 

 めんどくさそうにかなめが起き上がる。額に乗せていたサングラスをかけ、眉間にしわを寄せて誠を見つめる。

「さっきの東方開発公社の件か?あれは公安と所轄の連中の仕事だ。それで飯を食ってる奴がいるんだから、アタシ等が手を出すのはお門違いだよ」 

 そう言うと再びタバコに火をつけた。

「でもまあ東方か、ずいぶんと世話になったんだがな。『東都戦争』当時はマフィアのボスを消すときにその行動予定や警護の数、襲撃する建物の内部構造まで丁寧な情報を提供してくれる。あそこの使ってる情報屋は相当の切れ者だったみたいだ。まあ、今回東和警察のがさ入れが入ることを察知できなかったってことはその情報屋との縁は切れてるみたいだがな」 

 タバコの煙を吐き出すと、サングラス越しに沖を行く貨物船を見ながらかなめがつぶやいた。

「東方開発公社って甲武軍と繋がってるんでしょうか?」 

 かなめは甲武国陸軍非正規作戦部隊の出身であることは隊では知られた話だ。

 五年ほど前、東都港を窓口とする非合法物資のもたらす利権をめぐり、マフィアから大国の特殊部隊までもが絡んで、約二年にわたって繰り広げられた抗争劇。その渦中にかなめの姿があったことは公然の秘密だった。そんなことを思い出している誠を知ってか知らずか、かなめは遠くを行く貨物船を見ながら悠然とタバコをくゆらす。

「つながってるも何も甲武と東和の軍部タカ派の橋渡し役があの会社だ、一蓮托生の関係だな。近藤の旦那が死んだ今、あの会社を守ってくれるおお人好しなんてこの世にはいねえだろうからな」

 まるで当たり前のように口にするかなめの言葉の危険性に誠は冷や汗をかくが、そのまま話を続けた。
 
「そんな危ない会社ならなんですぐに捜索をしなかったんですか?この一ヶ月、僕等がもたもたしていたせいで一番利益を得た人間達が東方開発公社を使って資金洗浄をして免罪符を手に入れたのかもしれないんですよ」 

 誠は正直悔しくなっていた。一応、自分も司法局員である。司法執行部隊の実力行使部隊として、自分が出動し、一つの捜査の方向性をつけたと言える近藤事件が骨抜きにされた状態で解決されようとするのが悔しかった。

「お前、なんか勘違いしてるだろ」 

 サングラスを外したかなめが真剣な目で誠を見つめてくる。

「アタシ等の仕事は真実を見つけるってことじゃねえんだ。そんなことは裁判官にでも任して置け。アタシ等がしなければならないことは、利権に目が血走ったり、自分の正義で頭がいかれちまったり、名誉に目がくらんだりした戦争ジャンキーの剣を元の鞘に戻してやることだ。そいつが抜かれれば何万、いや何億の血が流れるかもしれない。それを防ぐ。かっこいい仕事じゃねえの」 

 冗談のようにそう言うとかなめは一人で笑う。

「でも、今回の件でもうまいこと甘い汁だけ吸って逃げ延びた連中だって……」 

 誠はかなめが言うことはただの自分達が楽をする言い逃れだと思った。

「いるだろうが……いいこと教えてやるよ。遼南王朝が女帝遼武の時代、あれほど急激に勢力を拡大できた背景にはある組織の存在があった。血のネットワークを広げるその組織は、あらゆる場所に潜伏し、ひたすら時を待ち、遼帝国の利権に絡んだときのみ、その利益のために動き出す闇の組織だった」 

 突然かなめが話す言葉の意味がわからず誠は呆然とした。かなめは無理もないというように誠の顔を見て笑顔を浮かべる。

「そんな組織があるんですか?」 

 誠はあまりにもこの世界には表の世界から隠されていることが多すぎることに愕然とした。そして同時にそのことに関してかなめがかなり深い知識を持っていることにも気が付いた。

「アタシを買いかぶるなよ。オメエに確信をもってその存在について説明できるほどの知識はアタシにはねえんだ。だが、嵯峨の叔父貴が持ってる尋常じゃないネットワークは、まるでそんな都市伝説が本当のことに感じるくらいなものだ。どれほどのものかは知らないが、少なくとも今回の東方開発公社の一件で免罪符を手にしたつもりの連中の寝首をかくぐらいのことは楽にしでかすのがあのおっさんだ……安心しな、連中が安心して眠れるほど世の中腐っちゃいねえ」 

 そう言うとかなめは再び沖を行く船を見ていた。

「でも……」

「デモもストもあるか!とりあえず休むぞ」

 そう言ってかなめは砂浜に横になった。誠も面倒なことはごめんなので静かに押し黙って海を眺めていた。

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