第105話 金槌脱出への道
「しかし……ペーパードライバーなだけじゃなくて泳げない……貴様は何のために軍に入った?」
まるで不思議な生き物でも見るようなかなめの瞳に見られて、誠は思わず目を逸らしてしまった。
「泳げないと言うわけじゃなくて……息つぎが出来ないだけ……」
「それを泳げないと言うんだ」
波打ち際で中腰になって波を体に浴びせながらカウラが言う。
「とりあえず浅瀬でバタ足から行くぞ」
誠はそのままカウラの導くまま海の中に入る。
「大丈夫ですか?急に深くなったりしてないですよね」
誠は水の中で次第に恐怖が広がっていくのを感じていた。
「安心しろ、これだけ人がいればおぼれていても誰かが見つけてくれる」
誠の前を浮き輪をつけた小学生の女の子が父親に引かれて泳いでいる。とりあえず腰より少し深いくらいのところまで来ると、カウラは向き直った。
「それでは一度泳いでみろ」
「手を引いてくれるとか……」
「甘えるな!」
カウラは厳しくそう言って誠をにらみつけた。仕方なく誠は水の中に頭から入った。
とりあえず海水に頭から入り、誠は足をばたばたさせる。次第にその体は浮力に打ち勝って体が沈み始める。息が苦しくなった誠はとりあえず立ち上がった。起き上がった誠の前にあきれているカウラの顔があった。それは完全に呆れると言うところを通り過ぎて表情が死んでいた。
「そんな顔されても仕方が無いじゃないですか。人には向き不向きがあるわけで……」
「神前……。もう少し体の力を抜け!人間の身体は水より軽いんだ!浮くことからはじめろ!」
いつもより熱い情熱を込めたカウラの言葉に誠はただ頭を掻いていた。
「浮くだけですか、バタ足とかは……」
「しなくて良い、浮くだけだ」
カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。
動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。
「少し良くなったな。それじゃあ私が手を引いてやる。そのまま水に浮くことだけをしろ」
カウラはそう言って手を差し伸べてくる。これまでの無表情なカウラを見慣れていた誠はただ呆然と見つめていた。
「じゃあお願いします」
誠はただ流されるままにカウラの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける。
「できるじゃないか、神前。その息が切れたところで頭を水の上に出すんだ」
「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」
これまで感情を表に出さなかったカウラが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。
「よう!楽しそうじゃねえか!」
背中の方でする声に誠は思わず顔が凍りついた。
「西園寺さん……」
振り返ると浮き輪を持ったかなめがこめかみを引きつらせて立っている。
「西園寺、神前は少しは浮くようになったぞ」
カウラのその言葉にさらにかなめの表情は曇る。
「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」
そう言うとかなめは浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。
「あの!アメリアさん……?」
声をかけようとして誠はかなめに足元の青い物体を見つけた。誠はよくよくそれを観察してみる。髪の毛のようなもの、それは首から下を埋められたアメリアだった。さらにその口にはかなめのハンカチがねじ込まれて言葉も出ない状態でもがいている。
「あーあ!つまんねえな」
そう言いながらかなめはパラソルの下に寝そべる。自分のバッグからまたタバコと灰皿を取り出す。
「そんなこと言わないでくださいよ」
「なんだよ、オメエも埋めるぞ」
かなめの言葉を聞いて誠が下を見る。黙ってアメリアが助けを求めるように見上げてくる。掘り出そうかと思ったがまた何をするのかわからないのでとりあえず掘り出さないで置く。かなめは静かにタバコに火をつけた。