第97話 初めてのバーベキューと倒れた気の利く若者
「砂まみれだな……」
初めての海の家の更衣室の汚さに戸惑いながら荷物を置くと誠は着替え始める。
「なんだ、まだ着替えてねえのか?」
もうすでに海パン一丁の姿の島田が誠の背後から声をかけてくる。島田はジャージの下に海パンを履いていたらしくもうすでに海水浴の準備を済ませていた。誠は半分呆れながら島田に彼の荷物を手渡した。
「仕方が無いじゃないですか。島田先輩の荷物を運んで来たのは僕ですよ。疲れてるんです」
「疲れてるんなら泳げないよな。寝てれば」
島田の残酷な言葉を聞きながら誠は急いで服を脱いで海パンを履く。
「はい着替えました!行きましょう」
そう言うと島田を置いて誠は急いで歩き始めた。
「バーベキューか……一年ぶりだな」
島田の言葉から察するにバーベキューは合宿の年中行事らしかった。
「僕も初めてです、バーベキュー。でも色々あってまだできていないみたいで」
誠の言葉に島田はがっかりしたようにうなだれる。
「あんだけ動いて腹減ってるって言うのに飯はまだなのか?神前、五円やるからそのバーベキューを何とかしろ。時間は十秒やる」
いつもの島田のいじめの手口だが、ひと月も毎日のように同じことを言われれば気の弱い誠にも通用しなくなっていた。
「だから、何度言わせるんですか!そんなの無理です」
いつもの島田の冗談に反論しながら誠達は『特殊な部隊』のバーベキューの会場にたどり着いた。
そこでは西が大汗をかいて大の字になって倒れていた。
「西君どうしたんですか」
バーベキューのコンロで肉を焼いている春子に誠は尋ねた。
「火を起こすのに手間取っちゃってね。着火剤忘れたんですって。それで新聞紙で何とか火をつけようと西君が必死になって仰いだり息を吹きかけたりして格闘して何とか火が付いたところなのよ」
褒められても当然の西だが、気の付く西が自分で面倒ごとを抱え込むのは見慣れた光景なので、留守番組に彼をねぎらう様子は無かった。
「それで遅れたんですか。西君もかわいそうに。誰か手伝ってあげればよかったのに」
誠は昼飯の準備が遅れた理由を知って納得したように頷いた。
先に着替えを済ませていたかなめは砂の上に胡坐をかいてビールを飲んでいた。
「いやあ、これなら打撃練習もしとくんだったかな」
「次に練習する高校生の邪魔になるじゃないですか。それと……」
誠はかなめのビールを持つ右手の反対の左手にあるタバコを指さした。
「ちゃんと携帯灰皿は持ってるよ。良いだろアタシ一人くらい」
「良くないです!」
マナー違反のお手本のようなかなめの姿に呆れながら誠はかなめをにらみ付けていた。
「はいはい、タバコは消しますよーだ。しかし、遅いな他の連中。まあ昼飯の準備ができていない以上、早めに来ても意味なかったわけだが。
「確かに……おなかが空きました」
誠は苦笑いを浮かべながらかなめの言うことに同意した。
「もう少しだから。待っててね」
今度は野菜を焼き始めた春子はそう言ってよだれを垂らしかねない勢いの誠達三人を見つめていた。