第96話 空腹は最高のソース
誠が堤防の階段を登るとそこでは、島田と遅れて来た菰田が怒鳴りあっている光景が目に飛び込んできた。ワゴン車を返却した菰田は一直線にバーベキュー場を目指してきたらしく誠達より先にその近くまで来ていた。
「うるせえ!魔法使い!そんなだから彼女も出来ねえんだよ!」
島田が菰田にタンカを吐き捨てた。
「馬鹿野郎!俺はまだ30超えてねえんだ!」
「あと4年だろ?」
島田が優勢に口げんかを続ける。二人が犬猿の仲だと分かっている部隊員達は静かに動静を見守っている。
「神前の兄貴!こっちですよ!」
堤防の外から聞こえる少女の声は小夏の物だった。誠達はそのまま堤防の階段を駆け下り、煙がたなびくバーベキュー場にたどり着いた。
「誠君。ごめんね、お腹空いたでしょ?」
笑いながら小夏の母、家村春子が誠に笑いかけた。
「大丈夫ですか?あの二人」
誠はやんやと煽り立てる隊員達を見守っているただ一人冷静そうな春子に尋ねた。
「大丈夫よ。二人とも手を出したらかなめさんに何をされるか分からないことくらい分かってるから。どうせ口だけよ」
ほとんど月島屋には顔を出さない菰田の事も店に通う隊員達ので知っているらしい。春子は言い争う二人を見ながら落ち着いてそう笑いかけた。
「だと良いんですけどね……」
春子は落ち着いていた。その落ち着きぶりに感心しながら誠はまだ煙の上がらない『特殊な部隊』のバーベキューのコンロに目をやった。
「それより昼飯は……ってその様子だとまだそうですね」
バーベキュー場の『特殊な部隊』の鉄の網の上にはまだ生の肉の塊や野菜が並べられていた。空腹に耐えながら誠はがっかりした様子でつぶやいた。
「こっちも色々と事情が有ってね。それにおなかが空いた方がおいしいわよ、バーベキュー」
それだけ言って春子はその『バーベキュー』の準備の為に待機組の差し出す具材を慣れた調子で網の上に並べていった。
「それじゃあ、着替えてきます」
「はい、そうしなさいよ」
バーベキューの準備をする春子と待機組の隊員を置いて誠は海の家を目指した。
「バーベキューか……僕ってほとんど旅行の経験が無いからやったこと無いんだよな、バーベキュー」
誠は浮かれる心を抑えながら島田が入っていった海の家の更衣室に足を向けた。