第92話 自分本位なサイボーグ
「はい!到着。ああ、お腹空いた」
町営球場からの五キロのランニングを終えて、アメリアはホテルの前でそう言って立ち止まった。
「この暑い中人を走らせておいて自分はクーラーの効いたワゴン車で移動する。西園寺は鬼だな」
珍しく感情をあらわにしてカウラがそう言った。それは午後の自由時間に趣味のパチンコができないイライラがそう言わせているのであろうと誠は思った。
「じゃあ海ですから。水着に着替えますんで部屋に行って荷物取ってきます!」
誠はそう言うとランニング用のジャージから着替えるべく宿泊しているホテルに向けて走り出そうとした。
「俺の分も頼むわ。菰田の分はいい。アイツはマネージャーだから自分のことは自分でしろ」
誠は自分勝手な島田の言うことにはもう慣れてきていたのでそのままにホテルのロビーに向けて走り出した。
誠は相変わらず豪華すぎるホテルの建物に入り、ロビーに駆け込んだ。
「304号室のカギください」
誠は受付でそう言うと上品な初老の受付からカギを受取り、そのまま廊下を速足で歩いた。
「冬にもここに来るのかな……豪華なホテルもしばらくは見納めか」
エレベータで三階まで上がり、誠達には上品すぎる部屋に入ると島田の旅行バッグと自分のバッグを両手に抱えてそのまま元来た道を引き返した。
「さすが神前は早いんだな。野球部以外の連中と月島屋の女将が海水浴場のバーベキュー場で昼飯の準備をしているはずだ。海に行くぞ」
かなめはそう言ってまだ部員全員が集まっていないというのに誠と島田だけを連れて海岸に設けられているというバーベキュー場に向けて歩き始めた。
「冷たいですよ、西園寺さん。カウラさん達を待っててあげても良いんじゃないですか?」
自分もカウラ達を待たずにかなめに付いて歩き出しておきながら誠はそんなことを口にした。
「良いの良いの。飯は逃げねえから。それに空腹は最大のソースって言うだろ。ああ、早く泳ぎたいなあ」
こちらも能天気な島田は彼女のサラを待つことなく先頭を切って海に向けて歩き出す。
「酒の用意はあるんだろうな……。海じゃあアタシには他に楽しみなんてねえぞ」
海に入ると沈むサイボーグの身体の持ち主のかなめはそう言いながらノロノロと歩き始めた。
「西園寺さんはサイボーグですからね。海には沈みますから。でも、他の人に飲ませるのは駄目ですよ。飲酒しての海水浴は事故の元です」
誠はいつも通り知っている海のマナーを言ってのけるが、誠自身『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれるくらい車の移動に弱いので海水浴場に行ったことが無かった。それでも飲酒しての海水浴で水死する事件があることくらいの知識は持っていた。
「いいじゃんいいじゃん。俺達は『特殊な部隊』って呼ばれてるんだ。そんな俺達に社会常識が通用するか!」
こちらも社会の正道とは常に反した行動を取ることに慣れている島田がそう言って誠の肩を叩く。
「全く……何が起きても知りませんよ」
誠はかなめと島田なら何をしてもおかしくないと半分諦め気味にそう言った。
「何かが起きた時はアメリアが責任をとりゃあいい。アイツが一番階級が上だ。しかも今回の旅行の幹事。責任を取るのは当然だろ?」
かなめは調子よくそう言った。誠はかなめの自己中心的な態度に呆れながら坂道を下って堤防の向こうに見えてきた海に目をやった。