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第88話 かなめの諦め

「じゃあ、今日は守備練習な!ピッチングマシンが使えねえし、ここを借りてる時間も打撃練習をするには心もとねえ。時間は限られてるんだ。とりあえず、レギュラー陣中心で行くからな!」

 かなめのレギュラー外しの残酷な一言にレギュラーでは無い野球部員達のブーイングが上がる。

「そんな……せっかくこんな立派なグラウンドを借りてるのに。誠ちゃんに私の『特殊な部隊のファンタジスタ』と呼ばれている華麗な打撃を見せてあげたかったのに」

 誠との投球練習を終えてレガースを外したアメリアがそう言ってふくれっ面をする。

「そうですよ。こんな広いグラウンドを使っての練習なんてめったにできないんですから……俺の長打力の見せ場が無くなるじゃないですか!」

 彼女であるサラの前で良い恰好をしたかった島田もアメリアに同意して異議を唱えた。

「そりゃあ一日中ここを借りられればそうしたかったが、なんでも午後は近くの高校生が使うらしい。それにあれだ、帰ったら浜辺でバーベキューが待ってるんだぞ。食いたくねえか?午後は自由行動で海で泳ぎ放題だぞ。泳ぎたくねえか?」

 かなめは次第にお腹が空きだした野球部員達にそう言って諦めに誘う。その言葉を聞くとアメリアはサードの位置へ、島田はセンターの守備位置に向けて歩き始めた。レギュラー以外の野球部員達もそれぞれに広いファールグラウンドでキャッチボールや素振りを始めた。

「大体アメリアが今回の合宿の幹事なんだ。アイツが言うにはうちの部員は丸一日の練習には体力不足だって言うんだ。いつもあんなにランニングに時間割いてるって言うのに。アタシとしては一日中練習ってことでよかったのによう」

 かなめは愚痴るようにショートの守備位置についたカウラとキャッチボールを始めたアメリアをにらみつける。

「そんな、この暑いのに午後もずっと練習なんてやってられないわよ。折角海に来たのに浸からずに帰るなんてかなめちゃんこそ無茶言うわね。それに今の時間からだとあと一時間くらいしか練習できないわよ。着替えたりしたら本当にお昼過ぎちゃう」

 短時間の守備練習しかできないことを責められてアメリアはそう言い返す。

「うっせえ!あのバッティングセンターのオヤジがいけないんだ!おい!そこ!菰田はもう起きたか?」

 ダグアウト前にたむろしていた補欠の野球部員達にかなめが声をかける。

「ああ、西園寺さん。俺はひよこのおかげで何とか元気してますよ」

 マネージャーの菰田は野球部員達を押しのけてダグアウトから顔を出した。

「冬合宿では東都までちゃんとしたマシンをオメエが取りに行け。ちゃんと予約はしておくから。三軸式のフォークが投げれる奴を借りる。リーグにも何人かフォークを投げるピッチャーが居るからなそれの対策だ」

 かなめの視線はもうすでに冬の合宿を見つめていた。

「ひどいですよ西園寺さん。また俺に面倒ごと押し付けて……。それにここから東都だと本当に俺一人だけここに素泊まりになりますよ!昨日のバーベキューにはA5の和牛が出たんですよ。あれが俺だけ食えないなんて不公平じゃないですか!」

 無茶な頼みをされて菰田は困ったような顔で猛抗議を始めた。

「グチャグチャ言うな!オメエはマネージャーとして野球部に置いてやっているだけで感謝すべき存在なんだ。面倒はすべてやるのがマネージャー。そんなに肉が食いたければ帰り道でステーキハウスにでも寄れば良いじゃねえか」

 かなめはいつもの自分勝手さで菰田の要求をはねつける。

「菰田、頼む。これも野球部の為だ」

 セカンドの守備位置に着いたサラにボールを投げながらカウラはそう言った。カウラの言葉で菰田の表情は急に明るくなった。

「はい!当然ですね!それはマネージャーの仕事ですから。ベルガー大尉のお役に立てるのならたとえ火の中水の中……ステーキくらいどこでも食えますよ……カウラさんに会えない方が俺は嫌です」

 カウラの言葉にすっかり態度を変えて菰田はそう叫んだ。

「まあ、うちは守備が問題だからな……とりあえず守備練習の時間が取れるだけ良かったということで」

 諦め半分にかなめはそうつぶやいた。誠はマウンドの上でその様子を眺めながら菰田に少し同情していた。

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